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実施可能要件に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決

(Trustees of Boston University v. Everlight Electronics Co., Ltd. (Federal Circuit, July 25, 2018))

 2018年7月25日付で、連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)により、実施可能要件に関する判決が出されました。本判決においてCAFCは、クレーム発明の全権利範囲が実施可能とされていないとして、特許を無効としました。

<背景>

 ボストン大学は、米国特許第5,686,738号(以下「738特許」)のクレーム19を侵害しているとしてEverlight Electronics Co.、Ltd.(以下「Everlight」)を訴えた。738特許は、分子線エピタキシー法による単結晶窒化ガリウム(GaN)膜の製造に関する。当該クレーム19を以下に示す。

A semiconductor device comprising:
a substrate, said substrate consisting of a material selected from the group consisting of (100) silicon, (111) silicon, (0001) sapphire, (11–20) sapphire, (1–102) sapphire, (111) gallium aresenide, (100) gallium aresenide, magnesium oxide, zinc oxide and silicon carbide;
a non-single crystalline buffer layer, comprising a first material grown on said substrate, the first material consisting essentially of gallium nitride; and
a growth layer grown on the buffer layer, the growth layer comprising gallium nitride and a first dopant material.

地方裁判所は、クレーム中の「・・・の上に成長させた(grown on)」を、「・・・の上に直に又は間接的に形成させた」という意味に解釈した。即ちクレーム19の成長層とバッファ層とは直接接触している必要はなく、それらの間に介在層が存在してよい。また更に、「非単結晶バッファ層(non-single crystalline buffer layer)」の意味として、第1の基板と第1の成長層との間に位置する(a)多結晶、(b)非晶質、または(c)多結晶と非晶質との混合物である層のことである、と解釈した。したがって、成長層が単結晶成長層である場合、クレーム19の成長層とバッファ層との間には以下の6つの組み合わせが存在し得る。

(1)多結晶バッファ層上に間接的に形成された単結晶成長層
(2)多結晶と非晶質との混合物であるバッファ層上に間接的に形成された単結晶成長層
(3)非晶質バッファ層上に間接的に形成された単結晶成長層
(4)多結晶バッファ層上に直に形成された単結晶成長層
(5)多結晶と非晶質との混合物であるバッファ層上に直に形成された単結晶成長層
(6)非晶質バッファ層の上に直に形成された単結晶成長層。

 地方裁判所の陪審はEverlightがクレーム19を侵害していると判断した。一方Everlightは、上記(6)の組み合わせは実施可能なように開示されていないためにクレーム19は無効である、と認定するよう地方裁判所に要求した。地方裁判所は、非晶質バッファ層上に間接的に単結晶成長層を形成することが実施可能にされていれば、非晶質バッファ層の上に直に単結晶成長層を形成することが実施可能とされている必要はない、と判断した。また更に、仮に(6)の組み合わせが実施可能とされているべきであるとしても、クレーム19が実施可能ではないという点をEverlightは証明できていない、と合理的な陪審であれば判断するであろうと認定し、Everlightの要求を退けた。Everlightは、これに対しCAFCに上訴した。

<CAFC判決>

 CAFCは、6個の組み合わせのうち5個が実施可能であれば充分であるとのボストン大学の主張に対し、クレーム発明の全権利範囲が明細書により実施可能とされるべきであることは判例上明白である、と述べた。但しクレームに規定される全ての可能な構成を明細書に明示的に記載する必要はなく、例えば、当該分野でよく知られていることを明細書に開示する必要はない。実施可能である範囲には、明細書に開示される発明内容、及び過度の実験をすることなく当業者に分かるであろう事項が含まれる。当該分野の予測可能性に応じて、先行技術に関する技術者の知識及び通常の実験作業により、しばしばギャップを埋めること、実施形態の間を補間すること、更には開示された実施形態を超えて外挿することもできる。但し、このようにギャップを埋める機能は補助的であり、実施可能要件を満たすための基本的な開示の代わりとなることはできない。

 本事案について、CAFCは、738特許により(6)の組み合わせは実施可能とされていない、と結論付けた。この結論に達するにあたり、CAFCは、単結晶層を非晶質層上に直に成長させる方法を示す明示的な開示は明細書にはないことに留意した。CAFCはまた、地方裁判所手続でのいずれの当事者側の専門家も、738特許の有効出願日の時点において非晶質構造上に直に単結晶膜をエピタキシャル成長させることは不可能であったとの見解を示した点に留意した。一方、ボストン大学は、非晶質バッファ層上に直に単結晶層を成長させることに成功したとの発明者及び専門家の証言に基づいて、(6)の組み合わせが実施可能であるとの主張をした。しかしながら、これらの結果は738特許の有効出願日より数年後に達成されたものであり、ボストン大学は明細書の教示に従うことによりこれらの結果が達成されたとは主張しておらず、またこれらの結果を達成することが738特許の有効出願日の時点において通常の技術能力の範囲内であったとも主張していない。これらに基づいて、CAFCはボストン大学の主張には説得力がないと結論付けた。

 以上に基づき、CAFCは、738特許のクレーム19は実施可能要件を満たしていないために無効である、と判示した。

 本件記載の判決文は以下のサイトから入手可能です。
本欄の担当
副所長 弁理士 吉田 千秋
米国オフィスIPUSA PLLC米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔
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