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均等論に関する2つの連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決

(Amgen Inc. v. Coherus BioSciences Inc. (Federal Circuit, July 29, 2019) Eli Lilly and Company v. Hospira, Inc. (Federal Circuit, August 9, 2019))

 2019年7月29日付及び8月9日付で、連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)により、均等論に関する2つの判決が出されました。

 第1の判決において、出願人は審査中に先行技術を回避するためにいくつかの主張を行い、これらの主張のいくつかは禁反言を生じませんでしたが、CAFCは、主張における根拠の組み合わせに基づいて先行技術から差別化するのではない場合、個々の主張は別個の禁反言を生じ得るとして、審査経過禁反言が適用されるとの判断を示しました。第2の判決において、出願人は先行技術を回避するために限定する補正を行いましたが、CAFCは、当該補正の理由は問題の均等物と殆ど関係がないことを特許権者が立証したとして、審査経過禁反言は適用されないとの判断を示しました。

 

Amgen Inc. v. Coherus BioSciences Inc. (Federal Circuit, July 29, 2019)

<背景>

 Amgenは、米国特許第8,273,707号(以下「707特許」)の特許権者である。707特許は、疎水性相互作用クロマトグラフィー(以下「HIC」)を用いて治療用タンパク質を精製する方法に関する。HIC精製では、所望のタンパク質および付随の不純物を含む緩衝塩溶液をHICカラムに充填する。HICカラムに含まれる固体の疎水性マトリックスにより、タンパク質の疎水性部分とマトリックス上の不溶性の固定化疎水性基との間の疎水性相互作用に基づいて、タンパク質を分離することができる。充填段階では、限られた量のタンパク質しかマトリックスに結合できない。タンパク質の大きな漏れなくカラムに充填できる溶液中のタンパク質最大量のことを、HICカラムの「動的容量」と呼ぶ。動的容量を増加させる先行技術の方法として、緩衝液中でより高い塩濃度を使用する方法がある。707特許は、異なる塩類の組み合わせによって動的容量を増加させるものである。707特許のクレーム1を以下に示す。

1.  A process for purifying a protein on a hydrophobic interaction chromatography column such that the dynamic capacity of the column is increased for the protein comprising

mixing a preparation containing the protein with a combination of a first salt and a second salt,

loading the mixture onto a hydrophobic inter-action chromatography column, and eluting the protein,

wherein the first and second salts are selected from the group consisting of citrate and sulfate, citrate and acetate, and sulfate and acetate, respectively, and

wherein the concentration of each of the first salt and the second salt in the mixture is between about 0.1 M and about 1.0.

 審査段階において審査官は、タンパク質とカラムマトリックスとの間の疎水性相互作用を改善するいくつかの塩類を開示した米国特許第5,231,178号(以下「ホルツ」)に基づき、自明であるとして上記クレームを拒絶した。審査官は、クレーム発明を達成するために当業者がホルツを最適化することは当然の行為であり、自明であると認定した。
 上記拒絶に対して、Amgenは、「クレームは特定の塩類の組み合わせを規定している。塩類の組み合わせはホルツ特許に開示も示唆もされておらず、また、クレームに記載されている塩類の特定の組み合わせは当該引例に教示も指摘もされていない。」と主張した。またAmgenは、クレーム発明はHICカラムの動的容量を増加することを目的としているが、ホルツは動的容量について何ら言及していない、と主張した。またAmgenは、硫酸塩/クエン酸塩、又は、硫酸塩/酢酸塩の組み合わせを使用すると、単一の塩を使用する場合と比較して、動的容量が有効に増加することを発明者が発見したことについて、発明者による宣誓書を提出した。
 審査官は、当業者が有する通常の技術の範囲内であるとして、クレームを再度拒絶した。Amgenは、この2回目の拒絶への応答において、Holtzは塩類の組み合わせを開示せず、HICカラムの動的能力を増加することを開示せず、第2の塩類を単に追加するだけではクレーム発明に到ることはできない、と主張した。審査官は、これらの主張に説得力があると認め、クレームを許可した。
 その後、Amgenは、707特許を侵害しているとして、Coherus BioSciences Inc. (以下「Coherus」)に対して訴訟を起こした。Coherusの精製方法は、塩類の組み合わせを含む緩衝液を使用していたが、クレームに規定された特定の組み合わせは使用していなかった。そこでAmgenは、均等論の下での侵害を主張した。地裁は、Amgenが均等論に基づいて侵害を主張することは審査経過禁反言により妨げられるとして、訴えを却下した。判決を受けてAmgenはCAFCに上訴した。

<CAFC判決>

 CAFCは、審査官に反論する過程でクレーム範囲を放棄することにより審査経過禁反言が生じる可能性があることを先ず指摘した。反論に基づく禁反言が発生するためには、権利範囲の放棄が明確且つ間違いないものであることが、審査経過から示されなければならない。CAFCは、Amgenがクレームされてない塩類の組み合わせを審査において放棄したことは明確且つ間違いないことであると認定した。そのように認定するにあたり、CAFCは、最初の拒絶応答において、Amgenのクレームに記載されている塩類の特定の組み合わせがホルツに開示も示唆もされていないことを根拠に、Amgenがホルツからの差別化を行ったことに言及した。更にCAFCは、宣誓書の内容はクレームに記載されているものと同じ特定の組み合わせを強調するものであり、またAmgenの応答書ではクレームに記載されているもの以外の塩類の組み合わせについては全く言及していないことを指摘した。
 一方Amgenは、クレーム記載の特定の組み合わせがホルツに開示されていないことを根拠としてホルツとの差別化を図ったのではなく、ホルツが動的能力の増加を開示せず、またいかなる組み合わせも開示していないということを根拠として、ホルツとの差別化を行ったと主張した。これに対しCAFCは、Amgenがホルツとの差別化のために以下の3つの反論点:(1)塩類の組み合わせはホルツ特許において開示も示唆もされていないこと、(2)クレームに記載されている塩類の特定の組み合わせはホルツにおいて教示も開示も示唆もされていないこと、(3)ホルツはHICカラムの動的容量を増加させるために塩類の組み合わせを使用することを記載していないこと、を主張したことを指摘した。CAFCは、引例に記載される先行技術から発明を差別化するために特許出願人が複数の根拠を提示した場合、これらの種々の根拠の組み合わせに基づいて先行技術から差別化したのでない限り、個々の主張は別個の禁反言を生じ得ることを示した判例に言及した。実際のところ、Amgenはホルツから差別化を図るために根拠の組み合わせに頼ったのではなかった。この事実に基づいて、CAFCは、Amgenが提示した他の2つの主張にかかわらず、「特定の組み合わせ」の根拠に対して審査経過禁反言が適用されると判示した。
 またAmgenは更に、クレームが最終的に許可されるに到った第2回目の応答では、クレームに記載される特定の塩類の組み合わせがホルツに開示されていないという主張を行わなかったので、審査経過禁反言は発生しないと主張した。これに対してCAFCは、特許性を主張するために審査中に明示的に行われた主張は、当該クレームの許可のために実際に必要であったか否かに拘らず、禁反言を生じさせる可能性があると判示した判例に言及し、Amgenの主張を却けた。
 以上に基づいて、CAFCは、本件訴訟を却下した地方裁判所の判決を支持した。

 

Eli Lilly and Company v. Hospira, Inc. (Federal Circuit, August 9, 2019)

<背景>

 Eli Lilly and Company(以下、「Eli Lilly」)は、ある種の肺癌および中皮腫の治療に使用されるペメトレキセドを販売している。ペメトレキセド(pemetrexed)は、DNAとRNAとの合成を遅らせ、それとともに細胞の成長および分裂を遅らせる葉酸代謝拮抗薬である。がん細胞は急速に増殖する傾向があるため、葉酸代謝拮抗薬はがん細胞に比較的大きな影響を及ぼすが、正常な細胞にも損傷を与える。
 Eli Lillyは米国特許第7,772,209号(以下「209特許」)の特許権者である。209特許は、メチルマロン酸低下剤および葉酸を補充しながらペメトレキセド二ナトリウムを用いる改良された治療法に関する。この特許は、効力を損なうことなく、葉酸代謝拮抗薬の毒性を軽減することができる。209特許のクレーム12を以下に示す。

12. An improved method for administering pemetrexed disodium to a patient in need of chemo-therapeutic treatment, wherein the improvement comprises:

a) administration of between about 350 μg and about 1000 μg of folic acid prior to the first administration of pemetrexed disodium;

b) administration of about 500 μg to about 1500 μg of vitamin B12, prior to the first administration of pemetrexed disodium; and

c) administration of pemetrexed disodium.

 親出願10/297,821(以下「821出願」)において、Eli Lillyは当初、葉酸の有無に関わらず、メチルマロン酸低下剤と併用して葉酸代謝拮抗薬を投与する方法について、広い権利範囲のクレームを権利化しようとした。出願時の独立クレーム2及び5は以下の通りである。

2. A method of reducing the toxicity associated with the administration of an antifolate to a mammal comprising

administering to said mammal an effective amount of said antifolate in combination with a methylmalonic acid lowering agent.

5. A method of reducing the toxicity associated with the administration of an antifolate to a mammal comprising

administering to said mammal an effective amount of said antifolate in combination with a methylmalonic acid lowering agent and FBP (folate-binding protein) binding agent.

 クレーム2は、種々の腫瘍を有するマウスを、メトトレキセート、葉酸代謝拮抗薬、およびビタミンB12誘導体であるメチルコバラミンの組み合わせにより治療する実験を開示した引例(Arsenyan)により、新規性を否定された。クレーム5は、葉酸およびビタミンB12を含み得るビタミンの組み合わせによる化学療法誘発性免疫抑制の治療を教示した引例(Ohmori, Worzalla, John, and Arsenyan)に基づき自明であるとして拒絶された。拒絶への応答において、Eli Lillyは、両クレームにおいて「葉酸代謝拮抗薬」を「ペメトレキセド二ナトリウム」に限定するよう補正した。意見書において、Eli Lillyは、引例Arsenyanはペメトレキセド二ナトリウムを開示しておらず、クレーム2に対する補正により拒絶理由は解消されたと主張した。クレーム5の拒絶を解消するための主張として、Eli Lillyは、引例Johnはペメトレキセド二ナトリウムの投与に起因する血液学的および免疫学的毒性を開示しているが、ビタミン補給を示唆してしておらず、他の文献のいずれにも、葉酸代謝拮抗薬に付随する毒性を軽減するためにビタミンB12を使用することは教示されていない、と主張した。審査官は、これらの主張に説得力があると判断し、拒絶を撤回した。本件訴訟に用いられる209特許は、上記821出願からの継続出願に基づき発行された特許である。
 Eli Lillyはその後、209特許を侵害したとして、Hospira, Inc.(以下「Hospira」)を提訴した。Hospiraの製品ではペメトレキセド二ナトリウムではなくペメトレキセドジトロメタミンが用いられていたため、Eli Lillyは、均等論の下での侵害を主張した。連邦地裁は、均等論の下で侵害したとのEli Lillyによる主張は審査経過禁反言により妨げられることはない、と判断し、Hospiraによる却下の申し立てを却けた。HospiraはCAFCに上訴した。

<CAFC判決>

 CAFCは、特許出願人が実質的に特許性に関連する理由により審査過程においてクレームの範囲を狭めた場合には、審査経過禁反言が生じることを先ず指摘した。このような限定補正をした場合、当初のクレームと補正後のクレームとの間の範囲にあるすべての均等物が放棄される、との推定が働く。この推定は、例えば、当該補正の理由が問題の均等物と殆ど関係がない(“tangential”である)ことを特許権者が示すことができる場合には、覆すことができる。CAFCは、両当事者間の争点は、「葉酸代謝拮抗薬」を「ペメトレキセド二ナトリウム」に限定したEli Lillyによる補正が、被疑侵害化合物であるペメトレキセドジトロメタミンと殆ど関係がないか否かという問題に帰結されると判断した。
 Eli Lillyは、当該補正の理由はペメトレキセドと一般的な葉酸代謝拮抗薬とを区別することにあり、塩の種類の違いはペメトレキセドの投与や体内での作用の仕方に影響を及ぼすような重要なものではない、と判断した地裁の認定は適切である、と主張した。CAFCは当該主張の正当性を認めた。CAFCはまず、「殆ど関係がない(“tangential”である)」を「僅かなまたは最も弱い関係しかない」と定義した。そしてCAFCは、Eli Lillyが当初のクレーム2を補正した理由は、別の葉酸代謝拮抗薬であるメトトレキセートを用いた治療法のみを開示している引例Arsenyanを回避するためであると結論付けた。CAFCは、明らかな新規性の欠如を解消するために、Eli Lillyは、改善されたペメトレキセド投与方法という本来の発明をより正確に規定するように、当初のクレーム2を限定補正したと判断した。即ち、CAFCは、ペメトレキセドの錯体である塩の種類が何であるかは、引例Arsenyanを回避するための限定補正の理由に対して、ごく弱い関係しかないと結論づけた。機能的に同一の他のペメトレキセド塩を放棄することが補正理由ではなかったことは審査経過から明らかであるとして、CAFCは、Eli Lillyによる補正がペメトレキセドジトロメタミンと殆ど関係がないと判断した。
 なお当初のクレーム5の自明性拒絶に関して、CAFCは、引例Johnがペメトレキセド二ナトリウムの臨床試験の結果を開示しており、ペメトレキセドに起因する毒性を明示的に示唆している点を指摘した。この点に基づいて、CAFCは、「葉酸代謝拮抗薬」を「ペメトレキセド二ナトリウム」に限定することにより自明性拒絶されたクレーム5を引例から差別化することは、本来は可能ではなかった筈であると結論付けた。
 以上のように、CAFCは、Eli Lillyが均等論を主張することは審査経過禁反言により妨げられることはない、とする地裁の判決を支持した。またCAFCは、審査経過禁反言の有無を判断するにあたり定式化されたやり方(例えば、補正理由と問題の均等物とが同一のクレーム要素に関するのであれば、「殆ど関係がない(“tangential”である)」との例外規定は適用されないとする等の画一的なやり方)を適用することは適切でなく、補正が均等物に殆ど関係がないか否かは、特許に開示された発明及び審査経過を参酌して個々に決定されなければならないと指摘した。

本欄の担当
副所長 弁理士 吉田 千秋
米国オフィスIPUSA PLLC:米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔
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