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明確性要件に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決 (IBSA Institut Biochimique, S.A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc. (Fed. Cir., July 31, 2020))

2020年7月31日付で、連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)により、医薬製剤特許の明確性要件に関する判決が出されましたのでご報告申し上げます。

 

 本判決においてCAFCは、明確性要件に違反しているとして医薬組成物特許を無効としました。

 

<判決>

 IBSA Institut Biochimique, S.A.(以下「IBSA」)は米国特許第7,723,390号(以下「390特許」)の特許権者である。390特許は甲状腺疾患の治療に使用される医薬製剤に関する。390特許のクレーム1を以下に示す。

A pharmaceutical composition comprising thyroid hormones or their sodium salts in the form of either:

  1. a) a soft elastic capsule consisting of a shell of gelatin material containing a liquid or half-liquid inner phase comprising said thyroid hormones or their salts in a range between 0.001 and 1% by weight of said inner phase, dissolved in gelatin and/or glycerol, and optionally ethanol, said liquid or half-liquid inner phase being in direct contact with said shell without any interposed layers, or
  2. b) a swallowable uniform soft-gel matrix comprising glycerol and said thyroid hormones or their salts in a range between 0.001 and 1% by weight of said matrix.

 IBSAは、有効成分レボチロキシンナトリウムを含有するソフトゲルカプセル製剤であるチロシン®として、自社製品において390特許発明を実施している。Teva Pharmaceuticals USA, Inc. (以下「Teva」)は、IBSA製品のジェネリック版を販売することを目的として簡略新薬申請書を提出し、390特許は無効であると主張した。IBSAはTeva に対して390特許に関する侵害訴訟を提訴した。

 地方裁判所において両当事者はクレーム1及び他のクレームにおいて用いられる用語“half-liquid”‘(半液体/半分液体)の解釈について争った。IBSAは、“half-liquid”は “semi-liquid”(半液状体)のことである、即ち固体と液体との間である高い粘度を有するものとして解釈すべきである、と主張した。一方Tevaは、“half-liquid”という用語は不明瞭であるか又は「非固体、非ペースト、非ゲル、非スラリー、非ガス物質」として解釈すべきである、と主張した。地方裁判所は、IBSAによる解釈は審査記録によって裏付けられておらず、“half-liquid”の意味を審査記録から合理的に確定することはできない、と結論づけた。IBSAはこの判決を不服としてCAFCに上訴した。

 

<CAFC判決>

 CAFCによれば、特許法第112条に規定される明確性要件に関する検討においては言語特有の限界を考慮しなければならない。またそれと同時に、何が権利範囲外であるのかを公衆に知らせるためには、クレーム内容を明確に通知する機能を果たせる程度に特許は明確である必要があり、明細書及び審査記録に基づいてクレームの文言を解釈した場合に当該発明の範囲が合理的な確実性をもって当業者に明らかにならないのであれば、当該クレーム発明は明確性要件を満たしておらず無効となる。

 まずCAFCは390特許のクレームの文言からは“half-liquid”の意味を合理的に明確にすることができないと判断した。その判断にあたり、“half-liquid”という用語は軟質弾性カプセルの内部相を記述するために“liquid”と並記して用いられているにすぎない点を指摘した。これに基づいてCAFCは、クレーム文言からは“half-liquid”が“liquid”と異なることのみが明確になるにすぎないと結論付けた。

 次にCAFCは390特許の明細書に記載される内容を検討した。CAFCは、「液体(又は半液体(half-liquid))の賦形剤及び甲状腺ホルモンと、懸濁液又は溶液中に必要に応じ含まれる賦形剤とを含む、液体、半液体(half-liquid)、ペースト、ゲル、乳濁液又は懸濁液からなる内部相が、当該ソフトカプセルに含有される」との明細書中の記載に基づいて、“half-liquid”がゲル又はペーストではないと認定した地方裁判所の判断に同意した。CAFCは更に、ペースト及びゲルは固体と液体との間である高い粘度を有するものであるので、IBSAによる“half-liquid”のクレーム解釈にペースト及びゲルが合致すると指摘した。CAFCは、このような合致は上記の明細書中の記載と相反するものであり、“half-liquid”の範囲に関して不確実性が生じていると結論付けた。

 更にCAFCは390特許の審査経過を検討した。ここでIBSAは、イタリア出願(390特許の優先権主張の基礎となる出願)が発明者による発明の解釈を理解するための最良の情報源である、と主張した。IBSAは特に、““semiliquido””という用語が390特許の“half-liquid”と同一物を意味するためにイタリア特許出願において同一箇所で同一回数用いられており、当業者は“half-liquid”が“semi-liquid”と同一であると解釈するであろう、と主張した。これについてCAFCは同意せず、390特許のクレーム1にはイタリア特許出願には含まれていない390特許の実施形態が組み込まれている点を指摘した。またイタリア特許出願では「ゲル」という用語を使用していないと指摘した。例えば390特許には「液体、半液体(“half-liquid”)、ペースト、ゲル、乳濁液又は懸濁液からなる内部相」との記載がある一方、イタリア特許出願(の優先権翻訳)では「液体、半液体(“semi-liquid”)、ペースト、乳濁液又は懸濁液からなる内部相」との記載となっている。これに基づきCAFCは、390特許とイタリア特許出願との間における“semi-liquid”と“half-liquid”との用語の不一致は意図的であり、異なる用語を選択することにより異なる範囲を意図していると当業者なら考えるであろう、というTevaの主張を支持した。また390特許の審査経過において、“half-liquid”という用語を使用した係属中の独立クレームに対して“semi-liquid”という用語を使用した従属クレームを出願人が提示していたことを指摘した。これは、“semi-liquid”という用語を更に用いることで“half-liquid”により別の何かを意味することができると出願人が知っていたことの証拠である、とCAFCは考察した。

 最後にCAFCは外的証拠を検討した。ここでCAFCは、IBSAが“half-liquid”という用語を含む技術用語辞典を見つけられなかったことを指摘した。またIBSA側の専門家証人が、“half-liquid”を構成するものの範囲を明確に示すことができず、また対象物が“half-liquid”ではないことを当業者がどのように決めることができるのかを説明できなかったことを指摘した。IBSAは“half-liquid”という用語を使用する4つの特許を証拠として提示したが、CAFCは、これらの特許においては“half-liquid bases”及び“half-liquid polyols”という使い方においてのみ“half-liquid”を使用していると指摘した。従って、これらの特許は390特許とは異なる状況において“half-liquid”という用語を使用するものにすぎないから、390特許で使用される“half-liquid”という用語の意味を確定するためには役立たないと結論付けた。

 

 以上に基づいてCAFCは390特許のクレーム1が無効であるとする地方裁判所の判決を支持した。

 

 本件記載の判決文は以下のサイトから入手可能です。

http://www.cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/19-2400.OPINION.7-31-2020_1628842.pdf

本欄の担当
本欄の担当
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
弊所米国オフィスIPUSA PLLC 米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔

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