• トップ
  • 最新IP情報
  • 数値範囲が部分的に重複する先行技術に基づいて対象特許を無効とした連邦巡回控訴裁判所判決 UCB, Inc. v. Actavis Laboratories UT, Inc. (Federal Circuit, April 12, 2023)
最新IP情報

最新IP情報

外国の判決・IP情報速報

数値範囲が部分的に重複する先行技術に基づいて対象特許を無効とした連邦巡回控訴裁判所判決 UCB, Inc. v. Actavis Laboratories UT, Inc. (Federal Circuit, April 12, 2023)

2023年4月12日に、連邦巡回控訴裁判所(以下CFFC)は、数値範囲が部分的に重複している先行技術に基づいて対象特許を無効とした判決を下しました。この判決は、クレームの数値範囲と先行技術に開示されている範囲が部分的に重複する場合に、対象特許が無効であるとする判断を回避することの難しさを示しています。以下に、この判決の内容につきましてご報告申し上げます。

 

<背景>

UCB, Inc. (以下、UCB) は、患者の血液中にロチゴチンを供給する皮膚パッチを製造している。ロチゴチンはパーキンソン病の治療に用いられる薬であり、パッチが含むロチゴチンはアモルファス (非結晶) 形状をしている。結晶形状とすると皮膚バリア層を通過できないためである。

2007年、UCBは、Neupro (以下、オリジナルNeupro) という製品名でパッチを売り出した。オリジナルNeuproには、ロチゴチンの他に、ロチゴチンの結晶化を防止するためのポリビニルピロリドン (PVP) が含まれていた。ロチゴチンとPVPの重量比は9:2であった。

オリジナルNeuproの発売開始の3か月後、ロチゴチンが室温保存されたときに形成される新たな結晶形状 (フォームII) [1] が発見された。このため、米国での製品はリコールされることになった。その後、UCBは、Neuproを再構築し、ロチゴチンとPVPの重量比を9:4に変更した。

 

<特許>

UCBは、米国特許第10,130,589号 (以下、589特許) の特許権者である。589特許のクレームは、ロチゴチンとPVPの重量比が9:4から9:6の範囲であることを要件としている。クレーム1は以下のとおりである。

  1. A method for stabilizing rotigotine, the method comprising providing a solid dispersion comprising polyvinylpyrrolidone and a non-crystalline form of rotigotine free base, wherein the weight ratio of rotigotine free base to polyvinylpyrrolidone is in a range from about 9:4 to about 9:6.

 

<訴訟>

2013年、Actavis Laboratories UT, Inc. (以下、Actavis) は、米国食品医薬品局 (FDA) に、経皮ロチゴチンパッチの新医薬品に関する認可申請を行った。その後、UCBは、589特許を侵害しているとしてActavisに対して訴えを起こすに至った。2021年、地裁は、589特許のクレームについて、新規性がない、かつ自明であるとして、無効とした。UCBが別途保有する二つの特許 (Muller特許[2]) に基づく判断であった。なお、二つのMuller特許, 589特許, オリジナル Neupro及び再構築Neupro の対比は、以下のとおりである。

<地裁からCAFCへ>

(1) 新規性

UCBは地裁の判断を不服としてCAFCに控訴した。まず、CAFCは新規性に関する地裁の判断を破棄した。その理由は、新規性の判断において地裁が誤った法的考え方を適用したというものである。新規性の判断においては、クレームの数値範囲内に存在する一点を先行技術が開示している場合、新規性が否定される。一方、先行技術が重複する数値範囲を開示している場合、「2つの数値範囲において発明の動作の仕方に合理的な違いはないと、合理的な事実認定者が結論できる程に十分明確にクレームの数値範囲を示している場合に限り」、新規性が否定される。

CAFCによれば、Mueller特許が開示しているのは重複する数値範囲である。しかしながら、地裁は、重複する数値範囲を分析する従来の考え方を適用するのではなく、範囲内に存在する個々の点がクレームの数値範囲内の点であるとする分析を行った。CAFCは、Mueller特許の9:1.5~9:5という幅の広い開示範囲を、クレーム数値範囲内にある個別の数値 (例えば9:4や9:5) の開示に当たると地裁が認定したことが不当であったと判断した。

 

(2) 自明性

次に、CAFCは、UCBの589特許クレームを自明であるとする地裁の判断を支持するとし、その理由を以下のように述べている。

(2-1) 数値範囲の重複 -overlapping ranges-

CAFCは、クレームの数値範囲が先行技術に開示される範囲と重複するとき自明性が推定されるとしている。また、CAFCは、先行技術にクレームの数値範囲に対して阻害要因がある -teach away- 場合、クレームの数値範囲が新たな予期せぬ結果を生み出す場合、あるいは、クレームの数値範囲に関してその他の証拠がある場合に、推定を覆すことができるとしている。まず、589特許クレームの数値範囲とMuller特許の数値範囲が重複していることについては争いがなく、Actavisは一応の自明性 (prima facie case of obviousness) を立証していると述べている。

(2-2) 阻害要因 -teach away-

上記のとおり数値範囲の重複には争いがないことから、UCBは、Muller特許について、ロチゴチンのフォームIIが発見される前のものであり、本発明がなされた時点での技術状況を反映していないのであるから、その開示する数値範囲はクレームの数値範囲を自明にするものではないと主張して、自明性に対する反論を試みた。特に、UCBは、審査官が589特許の審査段階で焦点を当てていた引例 (Tang[3])が、最も近い引例であり、この引例にはクレームの数値範囲に対して阻害要因があると主張した。

しかしながら、CAFCはこの反論を認めなかった。CAFCは、次のように述べている。フォームIとフォームIIとの何れの場合においても、ロチゴチンの結晶化は、ロチゴチンの二つの分子間の水素結合により発生する。フォームIとフォームIIとの類似性を鑑みると、フォームII以前の従来技術文献が使えなくなるような大変動が起きたわけではないと判断した地裁の認定に誤りは無い。

またTangには阻害要因があるとするUCB主張に対して、CAFCは、引例が単に他の発明の方が好ましいと述べているのみで、クレーム発明に対して批判をしたり、疑惑を投じたり、研究意欲を失わせるなどしていない場合、阻害要因があるとは言えないとしている。Tangは9:18が長期的な安定に好ましい比率と述べる一方で、当業者に対して9:4~9:6の範囲の使用を思いとどまらせるようなことは述べていないとしている。特に、CAFCは、ある組成が好ましいとする教示は、他の組成を批判したり、疑惑を投じたり、研究意欲を失わせることにはならないとする過去の判例を引用している。

(2-3) 予期せぬ効果 -unexpected results-

次に、CAFCは、UCBが予期せぬ効果を立証できているかどうかについて述べている。予期せぬ効果を示す証拠としては、当該発明とそれに最も近い先行技術との間に差異があり、その差異が当業者にとって予期しないものであったことを示す必要があるとしている。程度の違い -difference of degree- は、種類の違い -difference in kind- ほど重視されないこと、優れた有効性は予期せぬ効果を裏付ける可能性があることについてもCAFCは言及している。

UCBは、ロチゴチンとPVPの重量比が9:4から9:6の範囲であるパッチにおいては結晶化が起こらないという予期せぬ効果が得られると主張した。これが予期せぬ効果である理由として、UCBは、オリジナルNeupro (ロチゴチンとPVPの重量比が9:2) について、Muller特許が開示する範囲に属する唯一のパッチであったとし、かつオリジナルNeupro では結晶化が起こったのであるから、当業者であれば、Mullerの全範囲(9:1.5~9:5)において結晶化が起こると予想したであろうと主張している。CAFCは、このような主張には説得力がないとし、オリジナル Neupro (9:2) で結晶化が起こるという事実が、当業者に、Muller特許の範囲全体 (9:1.5 ~ 9:5) で結晶化が起こると認識させるものではないと結論付けている。

ここで、CAFCは、専門家証言及び先行技術に言及し、(i) 2009年の段階で、ロチゴチン/PVP反応に関する化学的な背景は詳細に理解されており、PVPは最も効果的な結晶化阻害剤であることが検証済みであった、(ii) PVPの量を増やすことでより安定することが理解されていた、ことに注目している。

 (2-4) 商業的成功 -commercial success-

最後に、CAFCは、UCBの再構築Neurpoが商業的成功を収めたとする主張に対して、以下のように論じている。製品が商業的に成功するためには数多くの理由が存在し、商業的成功のみでクレーム発明の非自明性を証明するものではない。本件では、Muller特許が障壁となり、競合他社がロチゴチン経皮治療システムの開発を避けたと考えられる。過去の判例も鑑みると、障壁となる特許が存在し他社の参入を妨げている場合の商業的成功には、非自明性を推定する証拠としての能力は乏しい。

(2-5) CAFCの結論

以上より、CAFCは、UCBの特許が自明であるとする推定に対して反証できていないとして、地裁の特許無効の判断を支持した。

 

(3) まとめ

当該判決は、クレームの数値範囲と先行技術に開示されている範囲が部分的に重複するケースで、特許が無効であるとされた特許権者が自明であるとの認定に対していくつかの論点で反論を行ったが認められなかった、というものです。先行技術と数値範囲が部分的に重複する特許を無効とする判断に対して反駁することの難しさを示しています。

 

 本件記載の判決文(CAFC判決)は以下のサイトから入手可能です。

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-1924.OPINION.4-12-2023_2109643.pdf

 

[1] フォームIとフォームIIは物理化学的なパラメータによって区別される。すなわち、粉末X線回折スペクトル、ラマンスペクトル、および融点が異なる。室温において、結晶多型フォームIIはフォームIより安定している (米国特許第10,130,589号のコラム1/47-54行参照)。

[2] UCBが保有する米国特許第6,884,434号及び第7,413,747号である。589に対する先行技術となると判断された。

[3] 米国出願公開2009/0299304

本欄の担当
伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔
米国特許弁護士 加藤奈津子
PAGE TOP