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米国意匠の自明性に関する連邦巡回控訴裁判所の大法廷判決 (LKQ Corporation v. GM Global Technology Operations LLC (2024年5月21日)) 及び 米国特許商標庁によるガイダンス(2024年5月22日)
本判決において、連邦巡回控訴裁判所 (以下CAFC)の大法廷は、意匠特許の自明性に関して長年使用されてきたRosen-Durlingテストを廃止し、最高裁判所が示した先例に一致する、より柔軟なアプローチを適用すべき、と判示しました。
また2024年5月22日、米国特許商標庁(以下、「USPTO」)は本判決が確立した新しい枠組みを実施するためのガイダンスを発行しました。
<背景>
GM Global Technology LLCは、車両のフロントフェンダーのデザインを対象とする米国意匠特許第D797,625号(以下「625特許」)の特許権者である。この625特許の無効を主張して、LKQ Corporation(以下「LKQ」)が、当事者系レビュー(inter partes review:IPR)を申請した。LKQは、2010年型ヒュンダイ・ツーソンのフロントフェンダーデザインを描いたプロモーションパンフレット(「Tucson」)により米国意匠特許第D773,340号(以下「Lian」)を変更したものに対して、625特許が特許性を有さない、と主張していた。
意匠特許の自明性に関する長年使用されてきたRosen-Durlingテストは、次の要件を求めていた。
1. 主たる先行文献が、対象となる意匠クレームと「基本的に同じ」であること。[1]
2. いずれの二次先行文献も、装飾的な特徴の外観が、主たる先行文献への適用を示唆する程度に「関連している」こと。
特許審判部は、625特許がLian及びTucsonの組み合わせに対して自明ではないと判断した。特に、特許審判部は、Lian(主たる先行技文献)と625特許との間にいくつかの実質的な違い[2]があることを指摘し、Lianが625特許の意匠と「基本的に同じ」視覚的印象を与えない、と結論づけ、それ以上の検討は行わずに自明性の分析を終了した。
特許審判部の決定は、CAFCの3人の判事による合議体によって支持されたが、CAFCが大法廷における再審理を許可すると決定した際に、その判決は取り消された。
<CAFC大法廷による判決>
CAFC大法廷は、米国特許法103条の文言及び米国最高裁判所の過去の判決[3]が意匠特許に関して柔軟なアプローチを示唆している、と判断した。更に、上記Rosen-Durlingテストの2つの要件は不適切に厳格であり、先行文献を組み合わせる動機を評価する際に、事実認定者が常識に頼ることを否定している、とした。
CAFCは、Graham判決[4]で最高裁判所が示した要素に基づく新しい枠組みを明示した。上記の新しい枠組みには、以下の事実確認が含まれる:
(i) 先行技術の範囲と内容;
(ii) 先行技術と対象となっているクレームとの違い;
(iii) 関連分野における当業者レベル;
(iv) 非自明性の指標としての二次的考慮事項(商業的成功、長期間未解決のニーズ、他者の失敗など)。
上記(i)の要素に関して、CAFCは「事実認定者は、当該意匠の分野における通常の創作者の知識の範囲内で先行文献の範囲と内容を考慮すべきである」とし、先行文献が適格となるために用いられる類似性に関する閾値や「基本的に同じ」という要件はない、と指摘した。寧ろ、CAFCは「クレームされた発明の類似技術分野に限って、先行文献としての適格性を有する」と述べた。またCAFCは、当業者がその意匠を創作する際に製品を参考にするであろう「クレームされた意匠の製品と同じ試みの範囲(the same field of endeavor)の技術が、意匠特許における類似技術に含まれる」、と指摘した。
CAFCは、上記(i)の要素を適用する際には、主たる先行文献を特定する必要があり、それにより後知恵を防ぐことになる、と述べた。ここで、CAFCは「主たる先行文献は、存在する何かであるべきであって、先行文献から個々の特徴を選択して組み合わせることで存在するかもしれない何かではない」と指摘し、主たる先行文献は「クレームの意匠に最も視覚的に類似した先行文献の意匠」となる可能性が高い、との見解を示した。
上記(ii)の要素に関して、CAFCは、「該当製造品の分野における通常の創作者の視点から、クレームされた意匠の視覚的外観を先行文献の意匠と比較し、先行文献の意匠と対象となっている意匠クレームとの違いを特定する」と述べた。
上記(iii)の要素に関して、CAFCは、関連分野における当業者レベルを評価する際に、「関連する種類の製品を創作する通常の技能を持つ意匠創作者の知識を考慮する」と述べ、「意匠特許クレームの自明性は、クレームされた意匠が関連する分野における通常の意匠創作者の視点から評価される」とした。
次に、CAFCは「関連分野における通常の意匠創作者の知識、先行文献の範囲と内容、先行文献とクレームされた意匠との違いを評価した後、クレームされた意匠の自明性または非自明性が評価される」とし、この分析は「クレームされた意匠が関連する分野の通常の意匠創作者が、先行文献の意匠を変更してクレームされた意匠と同じ全体的な視覚的外観を作り出す動機を持っていたかどうか」に焦点を当てる、と述べた。ここで、CAFCは、「先行文献を組み合わせる動機は、先行文献自体において存在する必要はないが…該当製造品の分野における通常の意匠創作者が主たる先行文献を二次先行文献の特徴により(後知恵を用いることなく)変更してクレームされた意匠と同じ全体的な外観を作り出すという理由が記録上に存在する必要がある」と述べた。また、「主たる先行文献と二次先行文献との全体的な外観が異なるほど、特許に異議を唱える者にとっては、二次先行文献に照らして主たる先行文献の意匠を変更する動機を示し、後知恵を用いることなく自明性を立証するために、より多くの作業が必要になるだろう」と指摘した。
最後に、上記(iv)の要素に関して、CAFCは、「意匠特許の自明性分析における商業的成功、業界の称賛、模倣などの二次的考慮事項の適用に関する既存の判例には変更はない」と述べた。
CAFCは、本判決の新しい枠組みに照らして自明性を判断するために、この事件を特許審判部に差し戻した。
2024年5月22日、USPTOのビダル長官は、技術センター2900(USPTOで意匠出願を審査している技術部門)および特許審判部に対して、更新されたガイダンスと審査に関する指示を発行した。当該ガイダンスで示された事実確認1,2,3及び4(Factual Inquiry One, Factual Inquiry Two, Factual Inquiry Three, Factual Inquiry Four)は、上記CAFC大法廷が確立した新しい枠組みに対応し、即時に実施するものである。またガイダンスには、今後さらなるガイダンスとトレーニングとが提供されることが告知されている[5]。
本判決及びUSPTOガイダンスに基づく、米国意匠出願手続きに関する留意点:
上記「クレームされた意匠の製品と同じ試みの範囲(the same field of endeavor)の技術が、意匠特許における類似技術に含まれる」とのCAFCによる判示を鑑みまして、出願書類の作成時には、「試みの範囲」に対する影響を考慮して、発明の名称および記載内容を検討することが望ましいと考えます。また、審査中においては、単一の先行文献が主たる先行文献として特定されていることを確認すると共に、主たる先行文献がクレームされた意匠の製品と同じ試みの範囲(the same field of endeavor)にない場合には、その先行文献の類似技術としての適格性につき反論できる余地があると考えます[6]。
更に、主たる先行文献と二次先行文献との全体的な外観に大きな違いがある場合、主たる先行文献の意匠を変更する動機が審査記録中に示されているかにつき検討し、動機が適切に示されていないと考えられる場合は適宜反論を行うことが考えられます。
本件記載の判決文(CAFC大法廷判決)及びUSPTOによるガイダンスは以下のサイトから入手可能です。
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2348.OPINION.5-21-2024_2321050.pdf
[1] Durling v. Spectrum Furniture Co., Inc., 101 F.3d 100 (Fed. Cir. 1996)(In re Rosen, 673 F.2d 388 (CCPA 1982)を引用して)は、「先行技術の意匠を組み合わる前に..クレームされた意匠と基本的に同じ意匠特性を有する単一の先行文献、すなわち現存する何かを見つけなければならない」ことを要求している。この「基本的に同じ」テストは、特許意匠全体によって生み出される視覚的印象を考慮することを要求している。そのような先行文献が見つからない場合、自明性の検討は終了する。
[2] 特許審判部が指摘した違いには、(1) ホイールアーチの形状と終端、(2) ドアのカットライン、(3) 突起、(4) 造形、(5) 屈曲線、(6) 第一および第二の折り目、(7) 凹面ラインが含まれる。
[3] Smith v. Whitman Saddle Co., 148 U.S. 674 (1893), Graham v. John Deere Co. of Kansas City 383 U.S. 1 (1966), KSR International Co. v. Teleflex Inc. 550 U.S. 398 (2007)
[4] Graham v. John Deere Co. of Kansas City 383 U.S. 1 (1966)
[5]当該ガイダンスでは「連邦巡回控訴裁判所は、該当製造品と同一の試みの範囲(the same field of endeavor)外にある先行技術意匠が類似技術であるかどうかを判断する方法を定義していないため、意匠出願の担当審査官は通常の技能を持つ意匠創作者が他の分野を考慮する動機の程度を考慮すべきである」と指摘し、USPTOが類似技術と見なされる文献例を纏めることを明示している。
[6] ここで、CAFCは「主たる先行文献は通常、クレームされた装飾的意匠の製造品と同じ試みの分野(the same field of endeavor)に属すが、必ずしもそうである必要はなく、類似技術であればよい」と指摘している。
- 本欄の担当
- 伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬佑輔