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欧州単一特許及び統一特許裁判所(制度開始から1年)
2023年6月に欧州単一特許及び統一特許裁判所の新制度が開始されてから1年が経過致しました。最新統計・動向をご報告申し上げます。
1.欧州単一特許(UP)申請
(1) 統計
2024年7月11日時点で欧州特許庁(EPO)に提出された単一特許申請(Requests for unitary effect)の件数等は以下の通りです。
(EPO:Statistics and trends centreより)
2023年1月から2024年7月まで、31,104件の単一特許申請がなされ、うち30,149件が単一特許として登録されております(登録率96.9%)。
欧州で登録された特許のうち、19.6%が単一特許申請されていることになります。
技術分野別にみますと、Medical Technology(医療技術)が最も多く3,728件(12.0%)、次いでCivil Engineering(土木工学)1,762件(5.7%)、Measurement(機械、道具、装置)1,679件(5.4%)となっております。
弊所でのお取扱いが多い技術分野につきましては、Electrical Machinery, Apparatus, Energy(電気)1,513件(4.9%)、Telecommunications(通信)487件(1.6%)となっております(機械・装置系は前述の1,679件(5.4%))。
権利者(単一特許申請者)を国別にみますと、欧州圏が60%超を占めております。日本は3.8%、中国は6.0%です。
弊所でお預かりしている案件のうち単一特許申請のご指示を頂いた案件は7件、単一特許申請可能時期(2023年1月1日~)に登録となった欧州特許319件のうち2.2%です。
日本の出願人様には未だ単一特許制度がほとんど活用されていないことが窺われます。
なお、申請された31,104件のうち、30件が拒絶(Rejected)されておりますが、それらは
・単一特許全参加国につき、同一セットのクレームでない
・申請期間(欧州特許登録から1か月)徒過
・翻訳文未提出
によるものです。
(2) 現地代理人アドバイス
多くの現地代理人が、日本における単一特許制度の活用度の低さに驚きます。
日本の多くの出願人様がセントラルアタックの脅威を懸念される一方、欧州圏では、コスト・手続簡素化のメリットを重視しているようです。
現地代理人は、単一特許制度を試す最適な方法として、
・親出願は通常のValidationで有効化
・分割出願にて単一特許申請
を提案致しております。
現地代理人に個別アドバイスを求めることも可能ですので、ご検討の場合はぜひお問合せください。
(3) 参加国が18か国に
2024年9月1日よりルーマニアも参加国に加わります。2024年9月1日以降に発効する単一特許は、ルーマニアを含む18か国で保護されます。すでに発効した単一特許において、ルーマニアでの保護は適用されませんのでご留意ください。
なお、経過措置として、2024年9月1日までに単一特許申請を行う出願人は、2024年9月1日以降に単一特許が発効するよう求めることができます。
2.オプトアウト、オプトイン
(1) オプトアウト
2023年3月1日から2024年5月31日の期間に479,554件のオプトアウト申請がありました。
(統計作成:Haseltine Lake Kempner LLP協力による)
2023年中は毎月4,000~5,000件超のオプトアウト申請がありましたが、2024年に入ってからは毎月3,000件台で落ち着いているようです。
(2) オプトイン
2024年6月3日時点で、290件につきオプトアウトの取り下げ(オプトイン)が申請されております。
(資料提供:Maiwald Patentanwalts- und Rechtsanwaltsgesellschaft mbH)
資料提供元Maiwald事務所によりますと、
・2023年中は、誤ってオプトアウトしてしまった案件に対するオプトイン、試験目的でのオプトインが多かったようだが、
・2024年は、統一特許裁判所(UPC)に対する信頼度・期待度の高まりからオプトインする案件も増えているようだ
とのことでございました。
3.統一特許裁判所(UPC)
(1) 統計
2023年6月1日に稼働してから2024年6月30日までの1年間、統一特許裁判所(UPC)が受領した申立て件数は411件となりました。
(UPCウェブサイト:Case load of the Court update end June 2024より)
主な内訳は以下の通りです。
・侵害訴訟 155件
・証拠保全 5件
・暫定的差止 28件
・特許無効 40件
侵害訴訟の原告を国別にみますと、日本は2番目に多く侵害訴訟を提起しています(第1位:米国37件、第2位:日本18件、第3位:ドイツ11件。中国は2件で、件数は2番目に少ないです)。「訴訟嫌いな日本人」いうイメージを覆す、興味深い統計です。
(統計作成:Haseltine Lake Kempner LLP協力による。件数は2024年6月6日時点)
(2) 統一特許裁判所(UPC)のアプローチ
統一特許裁判所(UPC)は特許権者に好意的なのか、保守的なのか、注目されてきたところです。これまで出されてきた早期判決(命令)からは、UPC協定と手続規則を厳密に適用し、バランスのとれたアプローチをとっているようです。
(参考:Haseltine Lake Kempner LLP「統一特許裁判所の6か月」)
暫定的差止命令
- 欧州特許第4108782号
・請求人:10X Genomicsおよびハーバード大学
・ミュンヘン地方部は、1日半に及ぶ審理後、暫定的差止を認めました。
- 欧州特許第2794928号(第4108782号の親特許)
・上記第4108782号と同じ請求人
・ミュンヘン地方部は、暫定的差止を認めませんでした。その理由は以下の通りです。
①特許権侵害があったとの心証を得られなかった。
②特許の有効性に確信がもてなかった。
③特許は2019年に付与されており、もっと早い段階で国内裁判所に訴訟提起できたはずであり、今回の暫定的差止請求は不必要な遅延と言える。
証拠保全命令
これまで審理された証拠保全請求から、
・極めて緊急を要し
・請求人が侵害の可能性と特許の有効性に関する証拠の基準を満たし
・侵害訴訟を提起する意向を表明した
場合には、証拠保全命令を認める姿勢が示されています。
一方で潜在的被告への考慮から、競合他社の機密情報を入手・使用する口実として証拠保全命令が悪用されないよう、証拠保全命令が認められてもその執行には条件が付されています。
オプトアウト関連
以下の早期判決は、オプトアウト/オプトアウトの取り下げ(オプトイン)は、UPC/各国裁判所に事件が係属する前に行うべきであることを明確に示しています。
- AIM Sport Vision vs. Supponer事件
・AIM Sportの欧州特許第EP3295663号につき、オプトアウトの取り下げがなされましたが、すでにドイツ国内裁判所で手続き(侵害・無効訴訟)が開始されていました。
・これらの訴訟手続がUPCの運営開始前に提起されたとしても、オプトアウトの取り下げは無効であると判示されました。
- Cup&Cino and Alpina Coffee Systems事件
・Cup&Cinoの欧州特許第EP3295663号に関するオプトアウトの有効性が争われました。
・オプトアウトはUPCに暫定的差止命令を請求した後に行われたため、無効とされました。
新制度開始から1年、2024年6月にはUPC控訴裁判所の最初の判決も出されました。今後判例が蓄積され、欧州単一特許及び統一特許裁判所活用に向けて判断材料も増えてくることと存じます。
弊所でも引き続き最新動向を注視して参ります。
<参考>
EPO:Statistics and trends centre
https://www.epo.org/en/about-us/statistics/statistics-centre#/unitary-patent
UPC:Case load of the Court since start of operation in June 2023 – update end June 2024
Haseltine Lake Kempner LLP「統一特許裁判所の6か月」https://www.hlk-ip.jp/%e7%b5%b1%e4%b8%80%e7%89%b9%e8%a8%b1%e8%a3%81%e5%88%a4%e6%89%80%e3%81%ae6%e3%81%8b%e6%9c%88/?_hsenc=p2ANqtz-_jyTwzMrLw2doovunil_GIqZadqgONmUHh1EFVG59sCIqBSUqHxs56u5zgSi_1r1VcB3-8aUfGD-YoJTzGRnVMONUBKw&_hsmi=296022466
※Haseltine、Maiwaldからは、提供資料を本サーキュラーへ掲載する点につき了承を得ております。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当:弁理士 野崎 圭子