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必要な構成要件の欠如に関する判断手法を示す中国最高裁判決 (2021)最高法知行終987号
1.概要
本判決において、中国最高人民法院(日本の「最高裁」に相当。以下、「最高裁」という。)は、「独立クレームが必要な構成要件を欠いているか否かを判断するには、明細書に記載された発明の目的等の内容を参酌してクレームに対する合理的な解釈に基づいて結論付ける必要がある。当業者が、特許請求の範囲、明細書及び図面を閲読することにより独立クレームを合理的に解釈した上で、依然として独立クレームに係る技術的解決手段が発明の解決しようとする課題を解決できないと判断する場合にのみ、独立クレームが必要な構成要件を欠いていると認定することができる」と判示した(判決日2022年8月10日)。
2.背景
(2-1)対象特許の内容
対象となった特許は、日本原田工業株式会社(以下、「原田社」という。)が所有する、「アンテナ装置」と称する中国特許第104752814号(以下、「814特許」という。)である。814特許のクレーム1は、下記のとおりである。
なお、下線部を除いた部分は、2017年4月12日に特許公報にて掲載されたものであり、即ち、特許査定時のクレームである。下線部は、本件に関わる無効審判において補正で追加された構成である。
【クレーム1】
下面が開口されて内部に収納空間が形成されている、絶縁性のアンテナケースと、
該アンテナケースが被嵌される絶縁性部材を有する、アンテナベース(20、21)と、
前記アンテナベース上に立設されて設けられた、絶縁性のエレメントホルダー(12)と、
前記アンテナベースの上に配置され、頂部(13a)と該頂部から両側に傾斜する屋根状の傾斜部を含む傘型エレメントであって、該傘型エレメントは、前側部(13b)と後側部(13c)を有し、前側部の頂部の傾斜角が後側部の頂部の傾斜角より大きい、傘型エレメント(13)と、
前記傘型エレメントの受信信号を増幅するアンプを有し、前記アンテナベース上に載置された、アンプ基板(16)と、
前記傘型エレメントと、前記アンプの入力端との間に挿入された前記傘型エレメントを所定の周波数に共振させるコイルであって、前記傘型エレメントの前側部の下に配置される、コイル(14)と、
を具備し、
前記アンテナベース(20、21)が、前記アンテナケースが被嵌される絶縁ベース(20)と、該絶縁ベースより小型とされ、前記絶縁ベースに固定される導電ベース(21)とを含む、ことを特徴とするアンテナ装置。
814特許の明細書(対応日本特許出願ご参照。)には、下記の記載がある。これらの記載は、後述する本件の争点に関わる部分を抜粋したものである。なお、下線は、弊所が付加したものである。
<課題>
【0015】
従来のアンテナ装置100の感度はトップ部131と相対する電気的な接地面との間隔によって決定され、間隔が大きいほどトップ部131の面積が大きいほど感度が良く安定することが知られている。このことから、受信性能を確保するためにはトップ部131を高い位置に配置するか、幅を広くして面積を拡張する必要がある。しかしながら、アンテナケース110にアンテナベース120をネジ146で固着するために、アンテナケース110の内側にネジ孔110cを設けるための複数のボス110bが形成されている。このボス110bは内側に膨出されて形成されているため、ボス110bとトップ部131との干渉を避けるためにトップ部131の幅が制約されることになる。そこで、トップ部131の側部に3つずつスリットを形成して、ボス110bに対面する位置のトップ部131の側部の幅を狭くするようにしていた。また、自動車の外部突起は法令により70mm以下と規制されており、アンテナ装置100を小型化した際にトップ部131と接地面との間隔を一定以上保持するために、高さが低くなるトップ部131の一部を切り欠くようにしていた。このため、トップ部131の形状が複雑になるという問題点があった。
<手段・効果>
【0022】
(前略)アンテナ装置1は、樹脂製のアンテナケース10と、このアンテナケース10の下面に嵌合されている樹脂製の絶縁ベース20と金属製の導電ベース21とからなるアンテナベース11とを備えている。アンテナベース11において、導電ベース21は絶縁ベース20より一回り小さく長さが短く形成されており、絶縁ベース20上の前側から中央の若干後側までの位置に配置されて、絶縁ベース20に対して導電ベース21の後端が前後に若干移動可能に固着されている。アンテナベース11の上面の中央から後側には、樹脂製の矩形状の枠からなるエレメントホルダー12が立設して取り付けられていると共に、導電ベース21上にアンプ基板16がほぼ水平に取り付けられている。
【0038】
(前略)アンテナアセンブリ2において傘型エレメント13における第1傾斜部13bは導電ベース21上に位置しており、第1傾斜部13bの接地面からの高さは導電ベース21からの高さに相当する。また、傘型エレメント13における第2傾斜部13cはほぼ絶縁ベース20上に位置するようになり、第2傾斜部13cの接地面からの高さはアンテナ装置1が取り付けられる車体からの高さに実質的に相当することになる。このように、アンテナ装置1の高さを低くしても第2傾斜部13cの接地面からの実質的な高さを高くすることができ、高くしたことによりアンテナ装置1の動作利得を向上することができるようになる。
(2-2)案件の経緯(時系列順)
2018年5月18日に、東莞友華通信部品有限公司(以下、「有華公司」という。)は、中国専利復審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という。)に、814特許の全クレームを対象として無効審判を請求した。
理由としては、下記の2点が挙げられた。
- クレーム1は、必要な構成要件を欠いている(細則22条2項違反)。
- [1]全クレームは、進歩性を有さない(法22条3項違反)。
2018年9月3日に、原田社は、クレーム3の下記構成をクレーム1に追加する補正を行った。
「前記アンテナベースが、前記アンテナケースが被嵌される絶縁ベースと、該絶縁ベースより小型とされ、前記絶縁ベースに固定される導電ベースとからなる」
2018年11月21日に、審判部は、814特許の一部のクレームを無効とし、上記補正後のクレーム1~8に基づき特許を維持するとする審決を下した。
2019年2月26日に、有華公司は、上記審決を不服とし、北京知的財産権法院(以下、「一審法院」という。)に提訴した。
2021年4月29日に、一審法院は、「(傘型エレメントの)後部が前記絶縁ベース上に位置するように前記エレメントホルダーの上部に固着されている」という必要な構成要件が欠如しているとした有華公司の主張の一部が成立するとし、「傘型エレメントの一部が、絶縁ベースの上に配置されている」という構成が欠けているため、審判部の認定には誤りがあるとする判決を下した。
これに対し、中国国家知的財産権局及び原田社はいずれも、上記一審判決を不服とし、最高裁(即ち、二審法院)に上訴した。
2022年2月21日に、二審法院は、2021年10月19日に構成した合議体によって公開審理を行った。
3.争点及び最高裁の判断
二審において争点となったのは、主に、本件特許の独立クレームが「傘型エレメントの一部が、絶縁ベースの上に配置されている」という必要な構成要件を欠いているか否かということである。
これに対し、最高裁は、下記のように判断している。なお、下線は、弊所が付与したものである。
まず、クレーム1において、アンテナベースが絶縁ベースと導電ベースからなり、かつ導電ベースが絶縁ベースより小さいことが限定されているだけでなく、傘型エレメントがアンテナベースの上方に配置されることも限定されている。
当業者の通常の理解によれば、上記限定は傘型エレメントの一部が絶縁ベースの上方に位置するという意味を表している。
次に、本明細書の記載によれば、814特許ではアンテナベースを絶縁ベースと導電ベースとからなる構成とするのは、絶縁ベース上の傘型エレメントの接地面を車体とし、それによりその高さを実質的に高くすることによって受信信号の感度を向上させるためである。
当業者であれば、明細書及びクレームを読むことにより、傘型エレメントの一部が必ず絶縁ベースの上方に位置することを合理的に確定することができる。
さらに、本明細書の実施形態には、「導電ベースは絶縁ベースより一回り小さく(形成される)」と記載されているとともに、「長さが短く」「絶縁ベース上の前側から中央の若干後側までの位置に配置され(る)」と記載されており、該内容は発明の目的と一致しており、友華公司が挙げた例は当業者の技術的解決手段に対する合理的な理解を逸脱した極端な例である。
最後に、814特許のクレームでは「アンテナベースは絶縁ベースと導電ベースからなる」と限定しているため、一審判決では本特許の背景技術における「アンテナベースは金属製の導電ベースであるため、そのアンテナ素子は全て導電ベースの上方に位置する」ことを根拠として「アンテナ素子が導電ベースの上方のみに位置することは完全に実現可能である」と論証しており、本案件に対して無意味である。
また、上記判断を裏付けるために、下記のような意見を述べた。
独立クレームが必要な構成要件を欠いているか否かを判断する際に、明細書における発明の目的等の記載も考慮の上、クレームに対する合理的な解釈に基づき結論を導かなければならない。
理由は、以下の通りである。
第一、クレームについて特許査定されるべきか又は有効と維持されるべきかを判断する際にどの法律条文を適用するかにかかわらず、クレームの解釈は一貫していなければならない。
換言すれば、特許[2]の権利付与又は権利確定の過程においては、クレームに対する同一の解釈に基づき、クレームが特許法及びその実施細則の関連条文の規定に合致しているか否かを判断しなければならない。
第二、明細書を参酌してクレームを合理的に解釈するためには、その鍵となるのは、「合理的」であることである。
これは、クレームを解釈する際に、クレームの内容を基準としなければならないだけでなく、明細書と図面から逸脱してはならず、発明の目的等の内容を含む明細書及び図面はいずれもクレームの解釈に用いることができることを意味する。
この基準の下では、クレームの解釈問題により特許法実施細則20条2項の規定が形骸化することにはならない。
第三に、独立クレームは必要な構成要件を有することが要求され、その本来の意図はクレームの作成を規制することである。
社会公衆がクレームで確定された技術的解決手段を実現して技術的課題を解決することができない場合、又はクレームの保護範囲と技術的貢献が一致しない場合は、特許法のその他の条項により解決することができる。
当業者がクレームに対する合理的な解釈に基づいて、それが技術的課題を解決するための全ての必要な構成要件を有するという結論を得ることができる場合、社会公衆の利益が損なわれることはない。
逆に、当業者がクレームに対する合理的な解釈に基づいて、それが技術的課題を解決するための全ての必要な構成要件を有することを得ることができる場合、出願人が独立クレームに構成要件をさらに詳細に記載していないことのみを理由に権利を付与しないと、出願人に対して課される明細書等の記載要件とその革新の程度とが適合しておらず、発明創造を奨励する特許法の立法目的に反することになる。
4.一考察
本件では、「傘型エレメントの一部が、絶縁ベースの上に配置されている」という構成(以下、「一部」構成という。)は、814特許のクレーム1に係る発明には必要不可欠な構成であることについて、意見が分かれていたわけではなく、争点となったのは、無効審判で補正された後のクレーム1は、当該必要な構成要件が欠如しているか否かということである、と考えます。
また、最高裁では上記判決に至った背景には、下記の点も考慮されたのではと考えます。
- 「一部」構成は、クレーム1に明記されていないが、特許査定時のクレーム1には「(アンテナベースは)該アンテナケースが被嵌される絶縁性部材を有する」という構成が記載されていたため、審査段階にて審査官がクレームの解釈において既に考慮したものであること、
- クレーム1には、無効段階にて補正によって「前記アンテナベースが、前記アンテナケースが被嵌される絶縁ベースと、該絶縁ベースより小型とされ、前記絶縁ベースに固定される導電ベースとを含む」という構成が取り込まれ、そして、当該構成は特許査定時のクレーム3に記載されていたため、中国の無効審判における補正要件に満たすことができたこと。
一方で、確認したところ、対応した日本特許出願では、分割出願時のクレームのまま特許査定されて登録となったようです。本件では、日中の審査実務上、記載要件に対する判断基準には確かに差異があることについてさらに理解を深めることができるかと考えます。
上記より、今後の留意点としては、無効審判における補正制限も考慮の上、権利化段階にて下記のように対応することが好ましいと考えます。
- 明細書の作成時に、発明の仕組みをよく理解した上で、必要不可欠な構成を見出し、適宜上位概念化して独立クレームとするとともに、具体的な構成を従属クレームとし、さらに余裕があれば、中間概念もクレームに記載すること、
- 国際出願に基づく中国国内移行又はパリ優先権に基づく中国国内出願の場合は、一回目OAへの応答時に、引例との相違点ばかりでなく、一度クレーム全体の構成を見直した上で補正案を作成すること、
- 日米中等のファミリー出願のクレーム解釈に齟齬が生じないようにするためにも、権利化段階においてグローバル的な対応を考慮すること。
本件記載の中国最高裁の判決(中国語のみ)は以下のサイトから入手可能です。
https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-3280.html
[1] 進歩性については、審判部、一審法院、二審法院はいずれも、進歩性具備と判断しています。
[2] 判決では「専利」となっているが、本件において、ご理解の便宜上、「特許」と訳した。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
Beijing IPCHA 中国弁理士 張 小珣
担当:中国弁理士 羅 巍