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自社製品品番を含むクレームの保護範囲の明確性の判断 (2023)最高法知行終269号
1.概要
本判決において、中国最高人民法院(日本の「最高裁」に相当。以下、「最高裁」という。)は、「クレームの保護範囲が明確であるとは、自社定義の用語を使用する場合には明確な定義又は説明を与えなければならない。当業者が当該自社製品品番の意味を明確に特定することが困難であり、当該クレームの保護範囲が明確にならない場合は、当該クレームは不明確であると認定されるべきである」と判示した(判決日2024年6月27日)。
2.背景
(2-1)対象特許の内容
対象となった特許は、瀋陽中某工業株式会社(以下、「中某社」という。)が所有する、「樹脂基複合材料航空機部品成形金型の製造方法」と称する中国特許第105945159号(以下、「159特許」という。)である。159特許のクレーム1は、以下のように2018年6月29日に特許公報にて掲載されたものとなっている。なお、下線は、弊所が付加したものである。
【クレーム1】
a.基体形状をコアとして発泡基体モデルを製造し、質量比100:400の割合でエポキシ樹脂材料と水酸化アルミニウム粉末を泥状混合物になるまで混合し、次に、前記泥状混合物を前記発泡基体モデルのキャビティ内壁に沿って貼り付け、厚さが50mmに達したら、ガラス繊維布を一層貼り付け、基体モデルのキャビティが満たされるまで上記工程を繰り返し、常温で24時間硬化させた後、樹脂基体が硬化されている工程、
b.表面形状をコアとして発泡表面モデルを製造する工程、
c.前記発泡表面モデルを硬化後の樹脂基体にかぶせ、前記発泡表面モデル上部に注入口および複数の排気口を設け、前記注入口から発泡表面モデル内部への樹脂材料の注入を、発泡表面モデルキャビティが満たされるまで行う工程、
d.常温で24時間硬化させ、表面を形成する工程、
e.数値制御工業機械を利用して航空機部品成形金型を製造する工程、
前記工程aにおけるエポキシ樹脂材料はSAM910樹脂材料であり、
前記工程cにおける樹脂材料はSAM900樹脂材料であり、
を備える、樹脂基複合材料航空機部品成形金型の製造方法。
(2-2)案件の経緯(時系列順)
2020年12月1日に、欧某航空会社は、中国特許庁(以下、「特許庁」という。)に、159特許の全クレームを対象として無効審判を請求した。
無効理由としては、2点が挙げられたが、今回は第1点のみを解析する。
1、クレーム1及び2は、不明確である(法26条4項違反)。
これに対し、中某社は、以下の反証1~2及び7を提出した。
反証1~2:SAM910樹脂材料及びSAM900樹脂材料の2015年の供給、2016年に締結された販売契約と発行された領収書のコピー
反証7:SAM910樹脂材料及びSAM900樹脂材料の研究開発成功を大事件として記録したウェブサイトのスクリーンショットのコピー
2021年6月29日に、特許庁は、クレーム1は2つの工程の操作原料をそれぞれSAM910樹脂材料およびSAM900樹脂材料と限定し、SAM910樹脂材料およびSAM900樹脂材料は中某社が販売している製品であるので、クレーム1は明確であると認定した。特許庁は、無効理由は成り立たないとして、特許を維持した。
その後、欧某航空会社は、上記審決を不服とし、一審法院に提訴し、以下の理由を提出した。クレーム1に自社製品品番を記載することは、当該製品の由来を示すだけであり、当該製品の構造や成分等の情報は開示されていなく、また具体的な配合や成分を変更した後でも同一品番を使用する可能性があるので、クレーム1は不明確であると上訴した。
2022年12月26日に、一審法院は、SAMはスチレン(S)、アクリロニトリル(AN)及び無水マレイン酸(MA)の3種類のモノマーを共重合させた三元共重合体であり、SAM910およびSAM900は製品の品番であり、樹脂製品の品番は公開され、一つの品番は一つの製品型番に対応する、と認定した。さらに、欧某航空会社はSAM910樹脂材料およびSAM900樹脂材料が中某公司により公開販売された製品であることを認めている。従って、上記SAM910およびSAM900の品番は樹脂材料として明確であると認定し、特許を維持した。
これに対し、欧某航空会社は上記一審判決を不服とし、最高裁(即ち、二審法院)に上訴した。
その後、中某社は更に以下の反証3~5を提出した。
反証3~4:発明名称「エポキシ樹脂モルタル成形金型の製造方法」の特許公開公報(出願日:2020年2月24日、特許番号:202010111698.X)及び発明名称「リサイクル可能な樹脂モールド材料の製造方法」の特許公開公報(出願日:2010年12月6日、特許番号:201010573995.2)(その目的はSAM910樹脂材料及びSAM900樹脂材料が開示されていると証明することである)
反証5:中某社が欧某航空会社に発行した授権書、欧某航空会社と締結した「代理協議(試運転)」および付加価値税専用レシート等
2024年6月13日に、二審法院は合議体によって公開審理を行った。
3.争点及び最高裁の判断
二審において争点となったのは、主に、自社製品品番を含むクレームの保護範囲は明確であるか否かということである。
これに対し、最高裁は、下記のように判断している。
まず、特許法第26条第4項に基づいて、クレームは明細書を根拠とし、特許保護を求める範囲を明確かつ簡潔に限定しなければならない。クレームは一般に意味が不明瞭な用語を使用せず、定義した用語を使用する場合には明細書又は請求項に明確な定義又は説明を与えなければならない。もし当該定義した品番製品の入手経路が公開されてなく、かつその構造、成分、性能、製造方法等により当該定義した品番製品を確定するのに十分な技術情報が説明されていない場合、当該製品を特定することができず、当業者が当該定義した品番製品の意味を明確にすることが困難であるので、当該クレームは不明確であると認定されるべきである。
次に、クレーム1におけるSAM910樹脂材料およびSAM900樹脂材料は、中某社が自社定義した製品品番であり、当該分野において特定な意味を有する一般的な用語ではない。本特許の明細書には、SAM910樹脂材料およびSAM900樹脂材料の入手経路が公開されてなく、且つその構造、成分、性能、製造方法等の情報も公開されてないので、当該製品を特定できない。
更に、二審審理間に中某社が提出した反証3~5について、クレームの明確性判断は、クレームと明細書との関係を検討して評価されるべきである。自社定義した品番SAM910およびSAM900樹脂材料が販売されている製品であるか否か、請求人が以前に当該自社定義した品番製品を購入したことがあるか否かについては、上記の事実は特許明細書に記載されておらず、また当業者の一般的な認識にも影響を与えないので、クレームの明確性判断との関連性に欠ける。また、反証3の特許出願の出願日は本特許の出願日より後であり、本特許を出願する前に当業者が上記樹脂材料を特定できることを証明することは困難である。
従って、当該クレームは不明確であり、一審判決は妥当ではないと判決した。
4.今後の留意点
中国特許法の第26条第4項には、「クレームは明細書を根拠とし、特許保護を求める範囲を明確かつ簡潔に限定しなければならない」と規定されています。
従って、クレームに自社定義の用語を使用する場合には、クレーム又は明細書に明確な定義又は説明を与えなければならないと考えます。
本件記載の中国最高裁の判決(中国語のみ)は以下のサイトから入手可能です。
https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-4025.html
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:Beijing IPCHA 中国弁理士 塗 琪順