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優先権の判断基準に関する中国最高裁判決 (2024)最高法知行終126号
1.概要
本判決において、中国最高人民法院(以下「中国最高裁」と称する)は、特許の優先権の判断基準を明確化しました。
2.本件の経緯
米国会社(以下「特許権者」と称する)は、発明の名称が「拡張アップリンクのためのMAC多重化及びTFC選択手順の方法、WTRU及び基地局」(中国出願番号:200680014600.7)の特許(以下「本件特許」と称する)の特許権者である。また、特許権者は、本件特許について3件の外国優先権を主張している。
2020年5月15日に、ある会社(以下「無効審判請求人」と称する)は、進歩性違反の無効理由に基づいて本件特許について無効審判を請求した。
特許権者は、証拠5(以下「第1優先権書類」と称する)及び証拠6(以下「第2優先権書類」と称する)に基づき優先権を主張した。
証拠5:本特許の優先権書類US60/676345(米国仮出願)
証拠6:本特許の優先権書類US60/683214(米国仮出願)
無効審判請求人は、本件特許の請求項2、4、6、12、14、16、18及び24は優先権を有しないと主張した。
2021年1月に、中国国家知識産権局(以下「CNIPA」と称する)は、無効審判請求に対する審決を下し、特許の有効性を支持した。しかし、CNIPAは、請求項2、4、6、12、14、16、18及び24は、証拠5及び証拠6に明確に記載されておらず、第1優先権及び第2優先権を有しないため、特許法第29条に違反した(優先権を享受できない)と判断した。
特許権者は、これを不服として、当該審決における優先権の誤った認定を是正するよう求めて第一審裁判所に対し訴えを提起した。
第一審において、特許権者は、当業者が優先権主張文書から関連請求項に特定された発明を直接、且つ一義的に特定できることを証明するために、本件特許の出願日前に開催されたTSG RAN WG2会議における2つの議論草案(即ち、最高裁判決における訴訟証拠7、訴訟証拠8)、2005年6月30日に公表された3GPP標準規格(即ち、最高裁判決における訴訟証拠9)という3つの証拠を第一審裁判所に提出した。
訴訟証拠7:2004年11月15日~19日に開催されたTSGRANWG2会議#45のドラフト文書Tdoc#R2-042358
訴訟証拠8:2005年1月10日~14日に開催されたTSGRANWG2会議#45のドラフト文書R2-050233
訴訟証拠9:2005年6月30日に公表された3GPP標準規格25.321 v6.5.0
第一審裁判所は、「訴訟証拠7、8には、それぞれ「Send SI in the MAC-e Header when E-DPDCH is sent」、「It was clarified (by the presenter) that Scheduling Information will always be present in the MAC-e header when data are being transmitted on the E-DPDCH」が記載されているが、該内容は会議ドラフトに含まれているものである(即ち、「会議ドラフト」という種類の文献は、未確定である(優先権主張の証拠能力に欠ける))ため、該ドラフトが公開された後にMAC-eヘッダーに必ずスケジュール情報が含まれることを、当業者が直接、且つ一義的に特定できない。従って、本件特許の関連請求項に特定された発明が、第1優先日及び第2優先日において直接、且つ一義的に特定できる技術情報に該当することを、上記訴訟証拠7~9が証明できない」と判断し、特許権者の請求を棄却した。
特許権者は、一審判決を不服として控訴したところ、中国最高裁は、第一審裁判所の行政判决を維持する旨の(2024)最高法知行終126号の行政判决を下した。(判決日2025年5月26日)
本件特許のクレームの請求項1、2、4、6、12(請求項14、16、18、24は、請求項2、4、6、12と同様な内容を特定する方法クレームである)は、以下の通りである。(符号、下線は作成者が付与した)
【請求項1】
拡張個別チャネル(E-DCH)を介してデータを転送するための装置であって、
少なくとも1つのサービング許可及び少なくとも1つの非スケジュール型許可を受信する手段であって、前記少なくとも1つのサービング許可は、スケジュール型データ送信に関する許可であり、前記少なくとも1つの非スケジュール型許可は、非スケジュール型データ送信に関する許可である、手段と、
メディアアクセス制御−個別チャネル(MAC−d)フローのデータを、メディアアクセス制御拡張個別チャネル(MAC−e)プロトコルデータユニット(PDU)に多重化する手段であって、前記MAC−e PDUは、最大の拡張個別チャネルトランスポートフォーマットコンビネーション(E−TFC)のサイズ以下のサイズを有し、前記最大の拡張個別チャネルトランスポートフォーマットコンビネーション(E−TFC)のサイズは、前記少なくとも1つのサービング許可及び前記少なくとも1つの非スケジュール型許可に少なくとも基づく第1のサイズを超えず、前記多重化されるデータは、送信用のスケジュール型データを含む、手段と、
前記MAC−e PDUの送信用のE−TFCを選択するE−TFC選択手段であって、選択されるE−TFCは、前記第1のサイズを超えない、手段と、
前記選択されたE−TFCに従って処理されたMAC−e PDUを送信する手段と、を含む装置。
【請求項2】
前記第1のサイズは、前記少なくとも1つのサービング許可、前記少なくとも1つの非スケジュール型許可、及び制御情報に少なくとも基づくことを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項4】
前記第1のサイズは、前記少なくとも1つのサービング許可、前記少なくとも1つの非スケジュール型許可、及びスケジューリング情報に少なくとも基づくことを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項6】
前記スケジューリング情報と多重化されたMAC-dフローとの組み合わされたサイズが前記選択されたE-TFCに関連付けられたサイズより小さい場合、パディングが前記MAC-ePDUに多重化されることを特徴とする請求項5に記載の装置。
【請求項12】
前記第1のサイズは、前記少なくとも1つのサービング許可、前記少なくとも1つの非スケジュール型許可、電力オフセット、及びスケジューリング情報に少なくとも基づくことを特徴とする請求項1に記載の装置。
3.中国最高裁の判断
「本件特許の請求項2、4、6、12、14、16、18及び24は、第1優先権及び第2優先権を享受できるか否か」とする争点について、中国最高裁の裁判では、第一審裁判所の判断を支持し、次のように判示されている。
優先権の成立を判断するには、後願の請求項に特定された内容が先願の特許文献から直接、且つ一義的に特定か否かを審査する必要があると判示した。特許請求項の範囲に複数の請求項が含まれる場合、又は請求項に複数の並列、且つ独立した発明が特定されている場合、優先権の効力をそれぞれ判断すべきである。従って、独立請求項が優先権を有する場合であっても、その従属請求項がさらに追加の技術的特徴を定義し、その結果、異なる保護範囲及び異なる発明が存在する場合、従属請求項が優先権を有するか否かを調査、判断すべきである。
本件において、第一に、特許権者により第一審で提出された訴訟証拠7、8には、「Send SI in the MAC-e Header when E-DPDCH is sent」や「It was clarified (by the presenter) that Scheduling Information will always be present in the MAC-e header when data are being transmitted on the E-DPDCH」が記載されているものの、当業者は、MAC-eヘッダーに必ずスケジューリング情報が含まれるか否かを直接、且つ一義的に特定することができない。
第二に、訴訟証拠9は、2005年6月30日に公表された技術仕様書3G PPPTS 25.321 v6.5.0である。この技術仕様書は、第1優先日(2005年4月29日)及び第2優先日(2005年5月20日)後に公開されたものである。「The Scheduling Information will be sent as part of the MAC-e header」が記載されているものの、当業者が公開前に必ずスケジューリング情報をMAC-eヘッダーの一部として送信していたことを証明できるものではない。
以上を踏まえると、訴訟証拠7~9は、第1優先日及び第2優先日において、MAC-eヘッダーにスケジューリング情報が含まれることが、当業者が直接、且つ一義的に特定できる技術情報に該当することを証明するには不十分であることは明らかである。
第三に、証拠5及び証拠6は、E-TFCの選択に際してヘッダー情報及びその他の制御シグナリングオーバーヘッドが考慮されることを記載しているものの、ヘッダー情報の内容について記載されておらず、即ち、ヘッダー情報にスケジューリング情報又は制御情報が含まれているかについて記載されていない。従って、当業者は、MAC-eヘッダーにスケジューリング情報が必ず含まれることを直接、且つ一義的に特定することはできず、また、証拠5及び証拠6が、E-TFCの選択に際してスケジューリング情報等の制御情報を考慮しなければならないことを暗黙的に開示していることも直接、且つ一義的に特定することはできない。
4.本件の留意点
中国では、優先権効力の判断において、例えば通信規格を制定するための会議における検討中(未確定)のドラフト文書(本件の訴訟証拠7~8)が優先権主張の証明書類として認められません。
本件記載の中国最高裁の判決(中国語)は以下のサイトから入手可能です。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:Beijing IPCHA
中国弁理士 張 小珣