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米国特許商標庁審判部による先例となるAIの特許適格性に関する審決 Ex parte Desjardins, Appeal No. 2024-000567 (ARP Sept. 26, 2025) および USPTO長官によるAIPLA年次総会での特許適格性に関する発言
米国特許商標庁 (以下USPTO) の審判部は、2025年9月26日に、人工知能 (以下AI) の特許適格性に関する判断を示し、更に2025年11月4日付で当該審決を先例(precedential)[1]として指定しました。米国特許法第101条に基づく特許適格性の拒絶を受けている出願人にとって、拒絶を解消するために役立つ可能性があります。
またUSPTO長官は、AIPLA年次総会において特許適格性の問題に関する自身の見解を述べました。
詳細は以下のとおりです。
<背景>
米国特許出願第16/319,040号は、機械学習モデルの訓練に関するものである。特に、明細書には次のように記載されている[2]。
「同一の機械学習モデルを複数のタスクで訓練することにより、当該モデルを複数のタスクのそれぞれにおいて許容できる性能レベルで使用することができる。その結果、複数のタスクにおいて許容できる性能を達成するシステムが必要である場合に、より少ない記憶容量で、かつシステムの複雑さを低減しつつ、システムを実現できる。」
2025年3月4日、審判部の合議体は、本件出願が米国特許法第101条に基づいて特許適格性を有しないとする、審査官の拒絶を支持した。
USPTOの新長官であるJohn A. Squiresは、この合議体の判断をレビューするため、アピールレビューパネル(Appeals Review Panel, 以下ARP)を招集した[3]。
<審判部審決>
ARPはまず、USPTOが特許適格性を判断する際に用いる二段階の分析手法[4]の概要から検討を開始し、そのうち特に、クレームが司法上の例外(judicial exception)に該当するかを判断するステップ2Aの二つの要件に焦点を当てた。ここで、第一の要件(Prong One)は、クレームが抽象的なアイデア、自然法則、又は自然現象を記載しているかどうかを問うものである。該当すると判断された場合、第二の要件(Prong Two)において、クレームがその司法上の例外を実用的な応用に統合する追加的要素を記載しているかどうかについての検討が行われる。
第一の要件(Prong One)において、ARPは、クレーム1が「複数のパラメータの可能な値に対する事後分布の近似を計算する」という特徴を有していることを理由に、当該クレームが数学的概念に関する抽象的なアイデアを記載していると判断した。
第二の要件(Prong Two)において、ARPは、「本願クレームは、コンピュータの機能の改善、その他の技術又は技術分野への改善を示す追加的要素を記載しており、抽象的アイデアが実用的な応用に統合されている」とする出願人の主張を検討した。ここで、ARPは、技術的改良の特許適格性に関する連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)の主要判決とされているEnfish, LLC v. Microsoft Corp.[5]を引用し、次のように指摘している。
「Enfish判決では、コンピュータ技術における進歩の多くがソフトウェアの改善からなるものであり、その性質上、特定の物理的特徴ではなく、論理的構造やプロセスによって定義され得ることが認められた。さらに、CAFCは、ソフトウェアはハードウェアの改良と同様にコンピュータ技術に対して非抽象的な改良をもたらすことができるとして、クレームがコンピュータ機能の改良に向けられているのか、それとも単なる抽象的アイデアに向けられているのか、に基づいて特許適格性の判断を行うべきであるとした。」(引用省略)
次に、ARPは、明細書の記載のうち、機械学習モデル自体の訓練における改良を示す記載に注目している。具体的には、当該モデルが「以前のタスクに関する知識を保持しながら、連続的に新しいタスクを効果的に学習する能力」、「人工知能システムがより少ない記憶容量で使用できること」、「システムの複雑さを低減できること」等が挙げられている。ARPは、このような明細書における主張のみでは特許適格性を支持する根拠としては不十分であると指摘しているものの、本件ではクレームにおいてもこれらの改良点が十分に記載されていると判断した。例えば、ARPは、クレームに記載の「第一の機械学習タスクにおける機械学習モデルの性能を維持しつつ、第二の機械学習タスクにおける機械学習モデルの性能を最適化するように、複数のパラメータの第一の値を調整する」という特徴が、機械学習モデル自体の動作方法に関する改良を構成するものであると認定した。
このように、ARPは、クレームがコンピュータ機能の改善、その他の技術又は技術分野の改善を示す追加的要素を記載しており、その結果、抽象的アイデアが実用的な応用に統合されていることから、これらのクレームは特許適格性を有するとする出願人の主張に同意した。
また、ARPは次のようにも指摘している。「AI関連の発明を米国で一律に特許保護の対象外とすることは、この新しく出現した重要な技術における米国のリーダーシップを危うくする。一方、本件合議体の論理に基づくと、多くのAI発明は、十分に開示され非自明であったとしても、潜在的に特許を受けられない可能性がある。これは、本件合議体が、十分な説明を示すことなく、事実上あらゆる機械学習を特許不適格な『アルゴリズム』とみなし、残りの追加的要素を『汎用的なコンピュータの構成要素』とみなしたためである。… 審査官及び合議体は、このような高レベルの一般化によってクレームを評価すべきではない。」
最後に、ARPは、米国特許法第101条による特許適格性は認めたものの、本件出願は米国特許法第103条に基づく自明性により依然として拒絶されることを指摘している。この点に関し、ARPは次のように述べている。「米国特許法第102条、第103条及び第112条こそが、特許保護を適切な範囲に限定するための伝統的かつ適切な手段である。これらの法規定が審査の焦点とされるべきである。」
冒頭に述べたように、本決定は、2025年11月4日付で審判部により先例(precedential)として指定された。
USPTO長官によるAIPLA年次総会での発言
2025年10月31日、USPTOのJohn A. Squires長官は、米国知的財産法協会(AIPLA)の年次総会において、今後数年間の自身の在任期間における重点方針を示す発言を行った。
まず、長官は、未審査特許出願のバックログ(審査待ち件数)が、2020年の576,103件から2025年1月には837,928件へと増加している一方で、年間出願件数は同期間において減少していることに言及している。彼はこの状況を「容認できない」と述べ、USPTOが現在、審査官の新規採用、インセンティブやボーナス制度、AIを活用した検索ツールの導入、及び「ストリームラインクレームセットパイロットプログラム(Streamlined Claim Set Pilot Program)」や「AIサーチ自動化パイロットプログラム(Artificial Intelligence Search Automated Pilot Program)」等の施策を実施し、審査待ち件数の削減に取り組んでいると説明した。また、過去6か月間で約50,000件の審査待ち件数が減少したことにも言及した。
さらに、長官は、米国特許法第101条に基づく特許適格性の問題に関する自身の見解を述べた。特に、同条文の文言は、予測困難な将来の技術にも特許可能性を認めるため、広範な特許適格事項を示していると指摘した上で、裁判所により形成された例外(自然法則、物理的現象及び抽象的アイデア)は、限定的に適用されるよう意図されたものであるとの考えを示した。また、適切な指針が欠如しているため、審判部は Mayo/Alice 判例に基づく特許適格性判断の枠組みにおいて、「何か付加的なもの(something more)」を見出すことができない現状を指摘し、近く適切な指針を提示する予定であると述べた。最後に、長官は、自身の在任期間の重要な目標の一つとして、「人工知能(AI)」や「分散型台帳(distributed ledgers)」などの変革をもたらす技術に対し、特許庁は扉を広く開けておくことを確実にするという考えを示した。
コメント
本決定や長官による発言は、AIその他のソフトウェア関連発明にとって有望な兆しと見受けられる一方で、CAFCがここ最近示している見解と比較すると、特許適格性に関して非常に寛容な立場を示していると云えます。例えば、Recentive Analytics, Inc. v. Fox Corp.判決[6]において、CAFCは、機械学習を用いた特許を米国特許法第101条に基づいて特許適格性なしとする判断を示しています。
Manual of Patent Examining Procedure(MPEP)によれば、審査官は、特許適格性を判断するにあたり、クレームがコンピュータ自体の機能、その他の技術又は技術分野の改良と称するものを規定しているどうか考慮すべきであるとされています[7]。今回の決定を参考に、AIその他のソフトウェア関連発明の特許適格性を主張する出願人としては、次のような点を考慮して有効な理由付けとすることができるでしょう。すなわち、明細書の作成段階で、データ容量の削減やコンピュータ効率の向上に繋がるような具体的な手法を考慮に入れ、発明のこのような目標を達成する側面を開示しておくことが重要と云えるでしょう。
<参照リンク>
本決定及びUSPTO長官の発言は、以下のリンクでご覧頂くことができます。
Ex parte Desjardins, Appeal No. 2024-000567 (ARP Sept. 26, 2025)
Remarks by Director Squires at the 2025 AIPLA Annual Meeting
[1] 審判部によるprecedentialな決定は、特許庁審査官及び審判合議体に対して法的拘束力を有するが、今後裁判所により覆される可能性はある。
[2] 本件出願のクレーム1は以下のとおりである。
A computer-implemented method of training a machine learning model,
wherein the machine learning model has at least a plurality of parameters and has been trained on a first machine learning task using first training data to determine first values of the plurality of parameters of the machine learning model, and
wherein the method comprises:
determining, for each of the plurality of parameters, a respective measure of an importance of the parameter to the first machine learning task, comprising:
computing, based on the first values of the plurality of parameters determined by training the machine learning model on the first machine learning task, an approximation of a posterior distribution over possible values of the plurality of parameters,
assigning, using the approximation, a value to each of the plurality of parameters, the value being the respective measure of the importance of the parameter to the first machine learning task and approximating a probability that the first value of the parameter after the training on the first machine learning task is a correct value of the parameter given the first training data used to train the machine learning model on the first machine learning task;
obtaining second training data for training the machine learning model on a second, different machine learning task; and
training the machine learning model on the second machine learning task by training the machine learning model on the second training data to adjust the first values of the plurality of parameters to optimize performance of the machine learning model on the second machine learning task while protecting performance of the machine learning model on the first machine learning task,
wherein adjusting the first values of the plurality of parameters comprises adjusting the first values of the plurality of parameters to optimize an objective function that depends in part on a penalty term that is based on the determined measures of importance of the plurality of parameters to the first machine learning task.
[3] 2023年、USPTOはアピールレビューパネルを設立した。このパネルは、査定系審判、再審査の審判、又は再発行の審判における決定を再検討するために、USPTO長官の職権で招集されるものである。
[4] ステップ1では、発明特定事項が、法定の4つの発明カテゴリであるプロセス(process)、機械(machine)、生産物(manufacture)又は組成物(composition of matter)のいずれかに該当するかを判断する。ステップ2Aでは、クレームが司法上の例外(抽象的なアイデア、自然法則、又は自然現象)に向けられているかを特定する。ステップ2Bでは、クレームの追加的要素が発明的概念(inventive concept)を提供しているかどうかを評価する。すなわち、追加的要素が司法上の例外を有意義に超えている(significantly more)かどうかを判断する。参照: MPEP 第2106節等。
[5] Enfish, LLC v. Microsoft Corp., 822 F.3d 1327 (Fed. Cir. 2016)
[6] Recentive Analytics, Inc. v. Fox Corp., 134 F.4th 1205 (Fed. Cir. 2025).
[7] MPEP §2106.05(a).
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 加藤奈津子
