最新IP情報
2025年 ブラジル商標制度の主要改正まとめ
ブラジルの商標制度につきましては、2025年に複数の重要な制度改正が施行されました。本サーキュラーでは、実務上特に影響の大きい改正点を以下の通りご案内致します。
1、ファストトラック(優先審査)制度の開始
ブラジル特許商標庁(以下「BPTO」)は、2025年8月7日より、特定の商標出願及び登録後手続きを対象とする「ファストトラック(優先審査)」制度を開始しました。
本制度により、一定の要件を満たす出願人・商標権者は、審査の優先扱いを申請することが可能となりました。
(1) 審査対象
- 商標出願
- 商標に関する特定の申請
(無効審判、不使用取消審判、譲渡、名称・住所変更等)
※更新手続きは、法定期限内に庁費用を納付するのみで比較的迅速に処理されるため、ファストトラックの対象外とされています。
(2) 申請者の要件
「政策・戦略上の理由に基づく優先」として、以下の案件が対象となります。
- 先行権に基づく異議申立てが行われている出願
- 訴訟が関与している案件、公的資金の拠出に登録が必要な案件
- 優先審査中の特許出願に関連する商標出願
- 科学・技術・イノベーション機関(ICT)による出願、またはBPTO技術協力協定の参加者
- 公益上の必要性または国家的緊急事態に関わる案件
なお、日本企業の皆様にとって直接の関連性は限定的と考えられますが、高齢者・障害者・ブラジルのスタートアップ企業等を対象とする「法律上の権利に基づく優先」も規定されています。
(3) 申請手続き
本制度はパイロットプログラムとして導入され、第1期は2025年8月7日~12月7日に実施されました。第1期では、申請件数は最大1,200件、かつ1申請人あたり最大3件までと制限されていました。申請にあたっては、庁費用の納付および申請要件を満たすことを示す資料の提出が必要です。
第2期以降の実施については、情報が入り次第、改めてご案内致します。
(4) 効果
出願段階で優先審査が認められた場合、登録に至るまでの全ての審査関連手続きが自動的に優先扱いとなります。
一方、登録後の対象手続きについては、手続毎に改めてファストトラック申請が必要となり、出願段階の優先扱いは引き継がれません。
2、庁費用改定および庁費用体系の変更
BPTOは、2025年8月7日付けで庁費用を改定(値上げ)するとともに、2025年9月20日付けで庁費用体系の変更を発表しました。
従来の「出願時手数料+登録時手数料」という二段階制は廃止され、出願時に単一の一括手数料を納付する方式へと変更されました。
この一括手数料には、出願、登録、さらに最初の10年間の更新料までが含まれます。その結果、登録査定後は登録証が自動的に発行される仕組みとなりました。
同時に庁費用額も見直され、特に以下の点が大きな変更点です。
BPTOの「事前承認リスト」(※)を利用する場合と、指定商品・役務を自由記載する場合とで、庁費用に大きな差が設けられました。
例:1区分の場合
- 事前承認リスト利用
BRL 880(約26,000円)
※ 登録料廃止により、従来(BRL 1,100/約32,000円)より総額が低下 - 自由記載リスト利用
BRL 1,720(約50,000円)
※ 審査官の追加作業を反映し、従来(BRL 1,160/約34,000円)より大幅に増額
なお、マドリッド協定議定書に基づくブラジル指定出願についても、従来の二段階制は廃止されました。
迅速な権利化を希望する出願人にとっては前向きな改正といえますが、一方で、事業戦略変更や異議申立て等を理由に登録料を納付せず出願を失効させることができなくなり、「不使用のまま登録される商標が増加する」との懸念も指摘されています。
※ 事前承認リスト:ニース分類を基礎としつつ、ブラジル独自の補助用語を追加した指定商品・役務リスト
3、スローガン商標の登録可能性の拡大
従来、BPTOは純粋に宣伝的・誇称的と判断されるスローガンについて、登録を否定する傾向にありました。しかし、商標審査マニュアルの改訂および2025年省令第15号により、この取扱いは大きく緩和されました。
現在は、識別力を有する限り、スローガンも商標として登録可能であることが明示されています。
実務上の取扱いは以下のとおりです。
- ハウスマークと結合した形でも、スローガン単独でも登録可能
- 出願形態は通常の文字商標・図形商標・結合商標(スローガン専用区分はなし)
- 単に記述的・一般的・比較的・誇称的な表現(例:「the best in the market」)は原則として拒絶
※ ただし、使用による識別力の獲得が立証されれば例外あり
4、使用による識別力(セカンダリーミーニング)
2025年省令第15号により、使用による識別力の審査制度が明確に制度化されました。
出願人は、実体審査時、拒絶理由対応時、審判段階等の所定の手続段階において、期限内に証拠を提出することで、使用による識別力の審査を求めることができます。
主な証拠例:
- ブラジル国内での使用期間・使用態様・地理的範囲
- 売上高・市場シェア
- 広告投資額・広告資料
- 需要者調査結果
- 識別標識性を認めた判断例 等
もっとも、審査は実質的判断であり、形式的に全ての証拠を提出しても必ず認められるとは限りません。
審査官は証拠全体を総合的に評価し、識別力獲得の有無を裁量で判断します。
否定判断がなされた場合でも、当該判断は行政不服申立ての対象となります。
5、商標審査キュー(審査待ち案件リスト)の更新
BPTOは、審査の改善・迅速化を目的として、2025年11月18日、商標審査マニュアルおよびガイドラインの更新を発表しました。
新ガイドラインは2025年12月20日に施行され、以下を含む16の独立した審査キューが設定されます。これにより、実体審査待ちの案件が商標出願の種類ごとに管理されることになります。
(a) 異議のない出願
(b) 異議のある出願
(c) 主張内容が限定された異議を含む出願
(第三者商標の保護に限定され、記載分量が制限された異議)
(d) 団体商標の出願
(e) 証明商標の出願
(f) 立体商標の出願
(g) 位置商標の出願
(h) 優先審査が認められた出願 等
国内出願とマドリッドルート出願は区別して処理され、それぞれに適した審査フローが適用されます。
これにより、滞留案件の削減および審査の専門化・予測可能性向上が図られます。
6、まとめ
これらの改正により、ブラジル商標実務においては、「出願前調査」および「指定商品・役務の慎重な検討」が、これまで以上に重要となります。
現在ご検討中、または将来的に予定されているブラジル商標出願につきまして、制度改正の影響整理や最適な出願戦略のご提案も可能です。お気軽にお問い合わせください。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長 弁理士 伊東 忠重
商標部 弁理士 東 泰成
担当:弁理士 野崎 圭子
