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産業上の再現性を欠くとして実用性が否定された中国最高裁判決 (2023)最高法知行終475号
1.概要
本判決において、中国最高裁(以下、「最高裁」という)は、血栓と取出し装置が結合した団塊(クランプ)に関する請求項の実用性について判断を下した。最高裁は、血栓は人体組織の一部であり、産業上で製造できないこと、および当該団塊の形成及び取得が医師による外科手術に依存し、再現性に欠けることから、中国特許法第22条第4項に規定する「実用性」を具備しないと判示した(判決日2024年7月25日)
2.背景
(2-1)対象特許の内容
対象となった特許は、アメリカコウィディエンリミデッドパートナーシップ(以下、「アメリカ某社」という)が保有する「除去可能な結合された血栓装置団塊」と称する中国特許第201310471114.X号(以下、「1114特許」という)である。
1114特許の独立請求項16は、以下の通りである。
【請求項16】
結合された血栓装置団塊が患者の閉塞部位から除去可能となるように、装置と少なくとも部分的に結合した団塊であって、前記装置と少なくとも部分的に接合した血栓を含み、前記装置は自拡張型であり、且つ、
近端および遠端を有し、前記近端および前記遠端は開口して、第1の複数のメッシュは前記血栓の少なくとも一部に埋め込まれるように構成されている、前記第1の複数のメッシュを含む網構造、
前記網構造の近端に向かって配置されている第2の複数のメッシュを含むテーパ部、及び
前記テーパ部が接続点において収束し、前記接続点は前記テーパ部の近端に位置する接続点、を備え、
前記装置は体積拡大形をとるように予備成形されて、前記体積拡大形において、前記装置は前記接続点に向かって徐々に細くなる縦方向に開口した管の形をとる、
ことを特徴とする団塊。
(2-2)案件の経緯(時系列順)
2009年2月20日に、アメリカ某社が、「除去可能な結合された血栓装置団塊」と称する中国特許出願第201310471114.X号を中国で出願した。
2015年12月9日に、当該特許出願が許可された。
2021年4月20日に、上海心某医療科技株式会社(以下、「心某社」という)が、中国特許庁に、1114特許のすべて請求項を対象として無効審判を請求した。
無効理由としては、3点が挙げられたが、今回は実用性のみを解析する。
1、請求項16~30が実用性を具備しない(法22条第4項違反)。
2022年5月11日に、中国特許庁は、第55824号無効審判決定を下し、1114特許のすべて請求項を無効と宣告した。この決定において、請求項16~30は特許法第22条第4項に規定する「実用性」を具備しないと判断された。
2022年8月18日に、アメリカ某社は該決定を不服とし、一審法院に提訴し、以下の理由を提出した。①実用性は必ずしも機械を使用して工業的に製造できることを要求せずに、請求項16には「血栓」が出現したが、血栓の形状、寸法のような人体特異性を有する部分を限定せず、従って、その再現性に影響しない。②本願明細書及び当分野の公知常識により、特定の個体環境に依存せずに脳梗塞患者の血栓除去操作を実現できる。本願に係る製品は全世界で約50万件台の血栓除去手術に成功しており、これらも請求項16に係る技術案の再現性を裏付けていると上訴した。
2023年3月29日に、一審法院は、アメリカ某社の請求を棄却し、中国特許庁の決定を維持する判決を下した。
一審法院は、請求項16が保護対象とする「団塊」に含まれる血栓は人体組織であり、産業上で製造できないこと、また、当該団塊の取得が医師の手術操作という偶発的要因に左右され、再現性がないので、実用性を欠くと認定した。
2023年6月30日に、アメリカ某社は一審判決を不服とし、最高裁(即ち、二審法院)に上訴した。
2024年5月23日に、最高裁は合議体によって公開審理を行った。
2024年7月25日に、最高裁は、アメリカ某社の上訴を棄却し、特許を無効とした一審判決を維持する判決を下した。
3.争点及び最高裁の判断
二審において争点となったのは、血栓と取出し装置が結合した団塊を対象とする請求項16が、実用性の要件を満たすか否かということである。
これに対し、最高裁は、下記のように判断している。
まず、中国特許法第22条第4項に基づいて、実用性とは「発明又は実用新案の出願の主題が、産業上で製造又は使用することができ、かつ積極的な効果を生じるものでなければならない」ことを指す。製品の発明である場合、その製品は産業において製造又は使用可能であり、技術的課題を解決するために繰り返し実施できる「再現性」を備えていなければならない。
次に、請求項16に係る技術案について、
1)主題の非産業性:請求項が保護を求める主題は、装置と接合した血栓を含む団塊である。しかし、人体組織の一部である血栓そのものは、産業上では製造可能な製品ではない。
2)再現性の欠如:体内から当該団塊を除去できるか否かは、医師が専利権を付与しない客体に該当する「疾病の治療方法」を用いて行う実際の操作に依存する。これは実施主体の技術レベルや患者の個体差といった「偶発的な要因」に左右されるものであり、公開された発明内容に基づいて一貫した実施結果を得られるものではない。
従って、請求項16は実用性を具備せずに、一審判決は妥当であると判決した。
4.今後の留意点
中国の審査実務および司法裁判において、人体組織を構成要素とする製品や、その形成過程が医師の外科的介入に不可欠に依存する発明は、実用性の欠如と判断されるリスクが極めて高いことが改めて示されました。
従って、医療機械関連の出願、特に生体試料と機器の複合体に関する権利化を図る際には、以下の点に留意すべきと考えます。
請求項の主題を「人体組織を含む製品」とせずに、装置の構造や物理的特性に焦点を当てる。
発明の技術的効果が特定の医師の技術や患者の個体条件に依存せずに、産業上の方法で繰り返し実現可能であることを明細書等で十分に説明する。
5.日本の実用性(産業上の利用可能性)との違い
1)物の発明としての適格性:日本の審査基準では、「医療機器、医薬等の物の発明」は、それらが人間を治療する方法に使用されるものであっても、産業上の利用可能性を有すると明確に規定されている。しかし、クレームの主題が「患者の体内から取り出された血栓を含む団塊」である場合、それが産業上の利用(販売や製造)に適さないと判断される可能性がある。
2)再現性の評価:日本の審査基準では、再現性は主に「実施可能要件(第36条第4項第1号)」で評価される。当業者が過度の試行錯誤なしに実施できることは求められるが、特定の医師に必要な熟練の技能は技術的思想ではない。
中国の実用性の評価は、日本の「産業上の利用可能性」と「実施可能要件」の両方を含む点に注意が必要であると考えます。
本件記載の中国最高裁の判決(中国語のみ)は以下のサイトから入手可能です。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:中国弁理士 塗 琪順
