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日本の判決速報・概要

東京高裁平成16年(行ケ)第188号 審決取消請求事件

平成16年12月21日-請求棄却

 特許法2条1項には、「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定され、同法29条1項柱書には、「産業上利用することができる発明をしたものは、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定されている。したがって、特許出願に係る発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」でないときは、その発明は特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。
 そして、数学的課題の解析方法自体や数学的な計算手順を示したにすぎないものは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するものでないことが明らかである。

1.手続の経緯

発明の名称、「連立方程式解法」(後に「回路のシミュレーション方法」)
平成 6年11月25日  出願(特願平6-290991号)
平成10年 9月28日  拒絶理由
平成10年11月24日  意見書及び補正書
平成12年12月11日  拒絶査定
平成13年 1月18日  審判請求(査定不服2001-675)
平成16年 3月15日  審決(不成立)
平成16年 4月30日  出訴(平成16年行(行ケ)第188号)
平成16年12月21日  判決(請求棄却)<

2.判決

(1) 平成10年11月24日付け手続補正後の本願の請求項1記載の発明

【請求項1】回路の特性を表す非線形連立方程式を、BDF法を用いて該非線形連立方程式をもとに構成されたホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を追跡することにより数値解析する回路のシミュレーション方法において、BDF法を用いた前記解曲線の追跡における解曲線上のj+1(jは整数)番目の数値解を求めるステップは、予測子と修正子とのなす角度φj+1を算出し、この角度φj+1が所定値より大きいか否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップにおいて、前記角度φj+1が所定値より大きいと判断された場合には、前記解曲線の追跡の数値解析ステップのj+1番目の数値解を求めるステップをより小さな数値解析ステップ幅によって再実行し、j+1番目の数値解を新たに求め直すステップと、を含むことを特徴とする回路のシミュレーション方法。」

(2) 審決の概要

 本願発明は、特許法上の「発明」に該当せず、特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていない。

(3) 審決取消理由の概要

 本願発明について、その「処理対象は「現実の回路」ではなく、『回路の特性を表す非線形連立方程式』によって表された「回路の数学モデル」である」(2頁)と判断したことを争うものではないが、「上記『BDF法を用いて該非線形連立方程式をもとに構成されたホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を追跡することにより数値解析する』は、本願発明の「シミュレーション方法」の処理手順を特定したものであるが、当該特定事項は、純粋に数学的な計算手順を明記したにすぎない」(同頁)と判断したことは、誤りである。

(4) 判決

 原告は、本件審決が、本願発明について、その「処理対象は「現実の回路」ではなく、『回路の特性を表す非線形連立方程式』によって表された「回路の数学モデル」である」(2頁)と判断したことを争うものではないが、「上記『BDF法を用いて該非線形連立方程式をもとに構成されたホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を追跡することにより数値解析する』は、本願発明の「シミュレーション方法」の処理手順を特定したものであるが、当該特定事項は、純粋に数学的な計算手順を明記したにすぎない」(同頁)と判断したことが誤りであると主張するので、以下検討する。

 本願発明の回路シミュレーションとは、本願明細書(甲2、3)及び本件技術論文(甲4)によれば、設計された回路の仕様を検証して、当該回路の直流動作点や伝達特性などを明らかにするために、設計された回路の中で成り立つ要素的関係と正確に又は近似的に同じ要素関係が成り立つような回路特性を記述した非線形連立方程式を定式化し、これを数値的に解析するものと認められる。
 原告は、本願発明の回路シミュレーションの処理対象が、現実の回路そのものではなく、回路の数学モデルであることは認めるが、当該数学モデルは、いわゆる純粋数学モデルではなく、回路を構成する各素子の電気特性を反映した数学モデルであり、回路を構成する各素子間に成立する自然法則であるキルヒホッフの法則から得られるモデルであって、現実の回路から乖離した観念モデルとして存在するのではないと主張する。
 しかしながら、本願発明の処理対象とされる「回路の数学モデル」について、特許請求の範囲には、「回路の特性を表す非線形連立方程式」と記載されるのみであって、回路の特性を物理法則に基づいて非線形連立方程式として定式化するという以上に、当該非線形連立方程式が現実の回路を構成する各素子の電気特性をどのように反映するものであるかは全く示されておらず、しかも、定式化されたモデルは数学上の非線形連立方程式そのものであるから、このような「回路の特性を表す非線形連立方程式」を解析の対象としたことにより、本願発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」となるものでないことは明らかであり、原告の上記主張は、失当というほかない。
 なお、原告は、回路のシミュレーション方法に関する特許が成立した事例として、特許第3491132号(甲6)及び特許第3535731号(甲7)を提示するところ、仮にこれらの特許が「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると認められるとしても、特許出願が発明としての法的要件を具備しているか否かは、当該特許出願の内容に即して個別に検討すべき事柄であるから、上記両特許の事例が、本願発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないとした前記説示に影響を及ぼすものではない(なお、前者の特許は、回路を定式化して方程式とする過程に関する発明であり、後者の特許は、実際の回路要素を用いた素子のモデル化に関する発明であって、いずれも、一旦定式化された後の方程式の解法に関する本願発明とは、事案を異にするものでもある。)。

3.コメント

(1) 同じように、数学の解法そのものか否かが争われた事件として、いわゆるカーマーカ事件(「最適資源割当て方法」:特許第2033073)が有名である。

特許第2033073の請求項は次の通りである。

「1 産業上又は技術上の資源についての割当の制約が多次元空間における凸ポリトープPで表わされそして割当コストが該多次元空間におけるコスト・ベクトルcで表わされる線形計画法モデルについてメモリ中に記述されている該凸ポリトープと該コスト・ベクトルを参照して,
(1) 該ポリトープの内部の位置にある資源割当て開始ポイントXcurrを選定し,
(2) 該開始ポイントのアフアイン・スケーリングされたものが該ポリトープのアフアイン・スケーリングされたものP′において幾何的により中心化される又は厳密に実行可能であるようなアフアイン・スケーリングDを決定し,
(3) 該アフアイン・スケーリングされたポリトープに投影されたアフアイン・スケーリングされたコストベクトル に依存して決められた方向pに該開始ポイントを該ポリトープ内で進めた次のポイントXnextを求め,そして
(4) 該次のポイントが所定の評価基準に適合したとき,該次のポイントを最適資源割当を表すものとし,適合しないとき該次のポイントによって開始ポイントを更新して該(1)~(3)の工程を繰り返すようデジタルプロセッサを制御しており,
該ポリトープが制約式(Ax=b,L≦x≦U;ATu≦c)であり,該コスト・ベクトルが該資源割当ての最適化に関する目的関数
(cTx;uTb)であるとき,Ax=bを制約条件とし
max{0,(Li-xi),(xi-Ui)}
を最小化するフイジビリテイ・プロブレムを解くことにより該資源割当て開始ポイントが選定されており,
該アフアイン・スケーリングは対角スケール・マトリックスDにより表され,該Dの第i番目の対角要素は
Dii=min{1,xicurr-Li,Ui-xicurr}
であり,
該次の資源割当てを改良する際の方向pは,
p=-D{I-(AD)T(AD2AT)-1AD}Dc
で表され,ここでIは単位マトリックスであり,
該次の資源割当ての値xnextは
xnext=xcurr+αp
で表され,そしてαは該次の資源割当てに関して決定された方向pにおける改良のステップの大きさであり
α=βmin{min{(Li-xi)/pi|pi<0},
min{(Ui-xi)/pi|pi>0}}
で表され,ここでβの値は1よりも小さいものである最適資源割当て方法。」

(2)  これに対する無効審判において、特許庁は、次の通り、数学の解法そのものではないと判断した。

 本件発明は,線形計画法に沿った数学的表現が用いられているものの、その主題は、「産業上又は技術上の資源」即ち電話電送設備、配合・混合される原料・製品のような産業・技術システム(或いはプロセス乃至装置)において現実に物理的に存在し物理的変量xiとして表現され得る複数の資源に対する最適割当問題に対処するという技術的課題の下、前記資源のモデル化された諸物理量に対し、メモリ及びディジタルプロセッサという物理的手段を用いて、上記工程(1)乃至(4)の処理を施すことによって、前記資源の最適割当のための演算処理を行うという手法を採用した構成とすることにより,進行中の産業・技術システムを連続的に制御するのに十分な短時間で最適割当結果を得るという技術的効果を奏することを十分に期待することができると言う技術的思想にある。
 従って、本願発明は、上記工程(1)乃至(4)が純数学的に見ても新しい解法を提供しているかも知れないが、このことのみをもって、自然法則を利用した技術的思想であることを否定することはできない。

  (3)  しかしながら、カーマーカ特許では、特許請求の範囲に「産業上又は技術上の資源についての割当の制約が多次元空間における凸ポリトープPで表わされそして割当コストが該多次元空間におけるコスト・ベクトルcで表わされる線形計画法モデル」とあるだけで、どのように、「新しい解法」が自然法則を利用しているか、必ずすしも明確ではない。  (3)  しかしながら、カーマーカ特許では、特許請求の範囲に「産業上又は技術上の資源についての割当の制約が多次元空間における凸ポリトープPで表わされそして割当コストが該多次元空間におけるコスト・ベクトルcで表わされる線形計画法モデル」とあるだけで、どのように、「新しい解法」が自然法則を利用しているか、必ずすしも明確ではない。 審決では、「産業上又は技術上の資源」について、電話電送設備、配合・混合される原料・製品のような産業・技術システム(或いはプロセス乃至装置)において現実に物理的に存在し物理的変量xiとして表現され得る複数の資源と言い直している。
 してみると、カーマーカ特許は、電話電送設備、配合、混合される原料・製品における最適化問題を解決すための新しい線形計画法の解法であり、産業上又は技術上の資源との関係は具体的ではない。
 一方、本発明は、出願当初の名称が「連立方程式解法」とされ、出願当初の請求項には、「回路」の文言がなく、一般的な「連立方程式解法」が主題となっていた。
 しかしながら、出願当初の「産業の利用分野」の項には、「本発明は、回路設計の支援装置として使用される回路シミュレータや、回路解析装置等において行われている大規模な連立方程式の解法に関するものである。特に、連続法の予測子修正子法における解曲線の追跡の改良に関するものである。」と記載され、また、本発明の目的に関して、「本発明は上記課題に鑑みなされたものであり、その目的は、解曲線をより確実に効率よく追跡し、現実の回路解析において使いやすい連続法を実現することである。」と記載されている。
 更に、補正された特許請求の範囲に、「回路の特性を表す非線形連立方程式を、BDF法を用いて該非線形連立方程式をもとに構成されたホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を追跡することにより数値解析する回路のシミュレーション方法において、BDF法を用いた前記解曲線の追跡における解曲線上のj+1(jは整数)番目の数値解を求めるステップは、予測子と修正子とのなす角度φj+1を算出し、この角度φj+1が所定値より大きいか否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップにおいて、前記角度φj+1が所定値より大きいと判断された場合には、前記解曲線の追跡の数値解析ステップのj+1番目の数値解を求めるステップをより小さな数値解析ステップ幅によって再実行し、j+1番目の数値解を新たに求め直すステップと、を含むことを特徴とする回路のシミュレーション方法。」
 と「回路」に関する発明であることを明記している。
 してみると、本発明は、上述したカーマーカ特許と比較し、産業上又は技術上の資源との関係はより、具体的であり、カーマーカ特許が特許されるのであれば、本発明は特許され得るものと考えられる。
 しかしながら、カーマーカ特許が特許され、本発明が特許されなかった事実は、特許庁における運用が、ビジネス方法の特許の運用に典型的に見られるように、特許の対象に対して、昨今、厳しく運用されていることの反映であると思われる。

(4) 判決
 原告は、本件審決が、本願発明について、その「処理対象は「現実の回路」ではなく、『回路の特性を表す非線形連立方程式』によって表された「回路の数学モデル」である」(2頁)と判断したことを争うものではないが、「上記『BDF法を用いて該非線形連立方程式をもとに構成されたホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を追跡することにより数値解析する』は、本願発明の「シミュレーション方法」の処理手順を特定したものであるが、当該特定事項は、純粋に数学的な計算手順を明記したにすぎない」(同頁)と判断したことが誤りであると主張するので、以下検討する。

 本願発明の回路シミュレーションとは、本願明細書(甲2、3)及び本件技術論文(甲4)によれば、設計された回路の仕様を検証して、当該回路の直流動作点や伝達特性などを明らかにするために、設計された回路の中で成り立つ要素的関係と正確に又は近似的に同じ要素関係が成り立つような回路特性を記述した非線形連立方程式を定式化し、これを数値的に解析するものと認められる。
 原告は、本願発明の回路シミュレーションの処理対象が、現実の回路そのものではなく、回路の数学モデルであることは認めるが、当該数学モデルは、いわゆる純粋数学モデルではなく、回路を構成する各素子の電気特性を反映した数学モデルであり、回路を構成する各素子間に成立する自然法則であるキルヒホッフの法則から得られるモデルであって、現実の回路から乖離した観念モデルとして存在するのではないと主張する。
 しかしながら、本願発明の処理対象とされる「回路の数学モデル」について、特許請求の範囲には、「回路の特性を表す非線形連立方程式」と記載されるのみであって、回路の特性を物理法則に基づいて非線形連立方程式として定式化するという以上に、当該非線形連立方程式が現実の回路を構成する各素子の電気特性をどのように反映するものであるかは全く示されておらず、しかも、定式化されたモデルは数学上の非線形連立方程式そのものであるから、このような「回路の特性を表す非線形連立方程式」を解析の対象としたことにより、本願発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」となるものでないことは明らかであり、原告の上記主張は、失当というほかない。
 なお、原告は、回路のシミュレーション方法に関する特許が成立した事例として、特許第3491132号(甲6)及び特許第3535731号(甲7)を提示するところ、仮にこれらの特許が「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると認められるとしても、特許出願が発明としての法的要件を具備しているか否かは、当該特許出願の内容に即して個別に検討すべき事柄であるから、上記両特許の事例が、本願発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないとした前記説示に影響を及ぼすものではない(なお、前者の特許は、回路を定式化して方程式とする過程に関する発明であり、後者の特許は、実際の回路要素を用いた素子のモデル化に関する発明であって、いずれも、一旦定式化された後の方程式の解法に関する本願発明とは、事案を異にするものでもある。)。

4.本件判決から学ぶこと

(1) 特許の対象に関して、過去に特許されたからと言って、それで安心せず、昨今の厳格な運用を考慮して、許法第29条第1項柱書きの拒絶理由を回避するよう、慎重に、明細書の作成を行うこと。

(2) 本判決において、明示的には、述べていないが、下線を引いた箇所から、

[1] 当該非線形連立方程式が現実の回路を構成する各素子の電気特性をどのように反映するものであるかが示めされている場合
[2] 回路を定式化して方程式とする過程に関する発明の場合
[3] 実際の回路要素を用いた素子のモデル化に関する発明の場合
は、特許法29条1項柱書に規定する発明に該当すると判断しているようである。
したがって、「回路のシミュレーション方法」について、出願しようとする場合は、これだけではないが、
[1] 現実の回路を構成する各素子の電気特性をどのように関係しているかを明確にする
[2] 回路を定式化して方程式とする過程に関する発明とする
[3] 実際の回路要素を用いた素子のモデル化に関する発明とする
ことを、含めて、特許法第29条第1項柱書きの拒絶理由を回避した明細書の作成を行うことが重要であろう。

本欄の担当
弁理士 湯原忠男
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