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【中国知財】知財権の適正な行使と市場環境の保護 ~特許の悪意ある訴訟と半導体企業の責任認定~
先月のニュースレターでは、「懲罰的賠償に関する中国最高裁司法解釈の改訂(法釈[2026]7号)」を取り上げ、中国における真のイノベーション保護と知財権侵害に対する厳格な制裁動向をお伝えしました。今月は、その続報とも言える「知財権の適正な行使と市場環境の保護」をテーマに、2つの重要トピックをお届けします。
トピック1では、強力な知財権を悪用してIPO企業を狙い撃ちにする「悪意ある訴訟」の司法規制と、その典型的な最新判例をご紹介します。そしてトピック2では、正当な知財権の行使であっても、分業化が進むサプライチェーンの下流に位置する「善意の企業」を過剰な知財リスクからどう守るのかという観点から、「半導体パッケージング企業の責任認定」に関する重要判例を解説いたします。いずれも、イノベーションの促進と公正な取引環境の維持を目指す、中国司法の最新のバランス感覚がうかがえる内容となっております。
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【トピック1】特許の悪意ある訴訟に対する司法規制(IPO企業の保護)
1.特許の悪意ある訴訟の現状と司法の姿勢
先月のニュースレターでお伝えした通り、中国では知財保護が強化されていますが、一方で権利の合法的な外観を利用して他者を不当に訴え、利益を得ようとする「悪意ある訴訟」が増加しています。最高人民法院(以下、「最高裁」とする。)の羅素雲氏の論文によると、これらは、権利基盤がないことを知りながら提訴するケースや、IPO(新規株式公開)の重要な時期を狙って競合他社を提訴し、審査を遅延させたり高額な和解金を引き出したりする「特許狙撃(敲竹杠)」などの形で現れます。これに対し、最高裁は「悪意ある訴訟」を一般不法行為と認定し、賠償範囲には直接的な損失だけでなく、資金凍結による逸失利益や特許無効化手続に要した合理的な費用なども賠償範囲に含める方針を示しています。
2.典型的な判例①:「(2023)最高法知民終2044号」事件
この方針を明確に示したのが、「悪意ある知財訴訟の提起および賠償責任範囲の認定(恶意提起知识产权诉讼及赔偿责任范围的认定)」として公表された、佛山某智能装備公司と無錫某機械科技公司の間の判例です。
- 事件の概要:無錫会社が北京証券取引所へのIPO審査を受けている最中に、佛山会社が実用新案権の侵害を理由に無錫会社を提訴し、2300万元という巨額の賠償を請求しました。この提訴により、無錫会社は上場審査の一時停止を余儀なくされました。
- 悪意の認定:実は佛山会社は、提訴前に国家知識産権局から「当該特許には進歩性がなく、権利付与の条件を満たさない」という評価報告を既に受け取っていました。最高裁は、佛山会社が不安定な権利基盤を認識し、かつ評価報告を隠蔽した上で、上場審査という重要な時期に過大な賠償額で提訴した一連の行為を「無錫会社の上場妨害を目的とした悪意ある訴訟」と認定しました。
賠償責任:裁判所は佛山会社に対し、悪意ある訴訟による影響を排除するための公開プラットフォームでの声明発表に加え、無錫会社が特許無効審判手続のために支出した合理的な弁護士費用など、40万元の賠償を命じました。
3.典型的な判例②:「(2026)最高法知民終96号」事件
IPO企業を狙った悪意ある訴訟に対し、最高裁がさらに厳しい非難の姿勢を示したのが、本年公表された最新の判例です。
- 事件の概要:著名なロボット犬メーカーである某乙公司(宇某公司)のIPOに向けた動向が広く報道された直後、本業が食品・日用雑貨販売である某甲公司(露某美公司)が、関連会社から特許を取得してわずか5日後に某乙公司を特許侵害で提訴しました。その後、別型番の製品に対しても訴訟を乱発し、二審では一時8000万元という巨額の賠償を請求した翌日に500元に減額するなど、極めて不誠実な訴訟活動を行いました。
- 悪意の認定:最高裁は、被告製品が特許の要件(変色可能な人工毛皮など)を明らかに備えておらず侵害が成立しないこと、原告側が過去にも20件以上の知財訴訟を乱発して全敗していることを指摘しました。その上で、IPOの重要な時期を狙い、実物証拠も提出せずに訴訟を継続し、賠償額を二転三転させた一連の行為を、「『維権(権利保護)』の名を借りて侵害の利益をむさぼる行為」であると厳しく断罪し、悪意ある訴訟と認定しました。
- 賠償責任:裁判所は、某乙公司が悪意ある訴訟への対応として反訴で求めた弁護士費用など、8万元の賠償請求を「合理的な支出」として全額認め、某甲公司に支払いを命じました
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【トピック2】半導体パッケージング企業の非侵害認定(サプライチェーンの保護)
トピック1で見たように、中国司法は権利濫用を厳しく取り締まっています。一方で、真の権利者による正当な権利行使が行われた場合、サプライチェーンに関わる「善意の第三者」はどこまで保護されるのでしょうか。分業化が進む半導体産業において、この問いに対する明確な基準を示したのが以下の判例です。
1.事件の背景と争点:「(2022)最高法知民終565号」事件
本件は、集積回路(IC)のレイアウト設計専有権を持つ深せんの半導体企業(原告)が、自社の設計を無断複製してチップを製造した上海の設計企業(被告1)と、そのチップを購入してパッケージング(封止)し、自社ブランドで販売した佛山の電子企業(被告2)を共同侵害で提訴した事件です。
最大の争点は、「他社が権利侵害して製造したチップ(ウェハー)を調達し、パッケージングして販売した企業にまで侵害責任が及ぶか」という点でした。
2.善意のパッケージング企業は「非侵害」
最高裁は、『集積回路レイアウト設計保護条例』第33条の「善意取得」の規定に基づき、パッケージング企業である佛山企業の行為は権利侵害に該当しないと判断しました。
- 製造工程の分断:チップの設計・ウェハー製造とパッケージングは別工程であり、それぞれ独立した川上・川下の製品です。
- 善意の認定:パッケージング企業が機能やスペックのみを指定してチップを調達している場合、特段の証拠がない限り、そのチップ内に違法に複製されたレイアウト設計が含まれていることを「知っていた、あるいは知るべき合理的な理由があった」とは認定されません。パッケージング後の製品に自社のロゴや企業名、型番を印字したことだけをもって、レイアウト設計を複製したとみなすこともできないとされました。
3.起訴状の受領と「合理的な報酬」の支払い義務
ただし、同条例では、善意取得者が違法複製についての「明確な通知」を受けた後も継続して在庫品等を商業利用する場合、権利者に対して「合理的な報酬」を支払う義務が生じると定めています。最高裁は、「権利者からの起訴状の送達は、この明確な侵害通知に該当する」と判断し、パッケージング企業は起訴状を受け取った日以降の継続利用について、権利者へ合理的な報酬を支払う必要があると明言しました。
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【まとめ】今月の3つの判例は、中国における知財・事業戦略の重要な指針となります。特許権を行使する際は、それが「維権(権利保護)」の名を借りた「悪意ある訴訟」とみなされないよう、権利の有効性や提訴の目的に十分注意を払う必要があります。とりわけIPO審査など企業の重要な時期を狙った不当な提訴は、厳しく制裁されるリスクがあります(トピック1)。同時に、他社の部品を調達して製品を製造するサプライチェーン下流の企業は、万が一調達品が知財侵害品であった場合でも「善意」であれば直ちに侵害責任を負うことはありませんが、警告状や起訴状を受け取った後の対応(合理的な報酬の支払いなど)については適切な社内体制を整備しておくことが求められます(トピック2)。
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【関連トピック】特許の悪意ある訴訟とその司法規制(最高裁 羅素雲氏論文より解説)
1.悪意ある訴訟の定義と現状
特許分野における狭義の「悪意ある訴訟」とは、不法または不当な利益を得る目的で、自らの権利基礎がないことや相手方が侵害していないことを明知しながら訴訟を提起し、相手方に損害を与える一般不法行為であり、過失責任の原則が適用されます。
近年、この種の案件は増加傾向にあり、2023年の全国の一審受理件数は前年比36.05%増の117件に達しました。そのうち、実体審査を経ない実用新案や意匠に関する案件が全体の80%を占めています。また、控訴率や二審での改判率(26.47%)が高く、訴訟における判断の難しさが浮き彫りになっています。
2.悪意ある訴訟の5つの典型的な類型
羅氏の論文では、実際の司法判断において認定された悪意ある訴訟を以下の5つに類型化しています。
- 権利基礎の欠如の明知:特許権が既に失効している、あるいは新規性がないことを知りながら訴えを起こすケースで、悪意認定案件の実に80%以上を占めます。
- 訴訟の意図的な分割・乱発:賠償額を不当に吊り上げるため、販売地域ごとや末端の小規模小売業者(個人事業主など)を標的にして、本来一括で解決すべき訴訟を意図的に分割・大量提起するケースです。
- 罠仕掛け(陥穽取証)による侵害の誘発:権利者側が図面を提供しつつ自らの特許であることを隠して製造を依頼するなど、人為的に侵害事実を作り出す「犯意誘発型」の証拠収集行為です。
- 悪意ある保全申請:明らかに過大な財産保全や行為保全を申請し、被訴企業の資金凍結や生産設備の差し押さえを行い、正常な経営活動を中止させてビジネスチャンスを奪うケースです。
- IPO(新規株式公開)企業への特許狙撃:競合他社が上場審査の重要な時期を狙って訴訟を提起し、審査を遅延させたり高額な和解金を引き出したりする「敲竹杠(ゆすり・たかり)」行為です。
3.多発の根源と審理の課題
このような悪意ある訴訟が絶えない背景には、以下の4つの原因が指摘されています。
- 瑕疵ある特許の存在:実体審査を経ない実用新案や意匠登録が、一時的に合法的な権利の外観を持ってしまうこと。
- 二元化された手続:民事侵害訴訟と行政の無効審判が分離されており、特許の無効化に時間がかかり審理が長期化しやすいこと。
- 訴権行使の異化:訴訟コストの低下などを背景に、民事訴訟の制約の緩さを利用し、裁判を不当な利益追求のツールとして悪用していること。
- 悪意の証明の困難さ:技術的に高度な特許の性質上、原告が「事実上の根拠がないことを明確に知っていた」と立証することが極めて難しいこと。
4.司法規制の強化策(6つの提案)
イノベーションを保護し公平な競争環境を維持するため、羅氏は以下の6つのアプローチによるガバナンス強化を提言しています。
- 法律制度の整備:特許法等の実体法への悪意ある訴訟の明記や、詳細な司法解釈の制定。
- 主客観を組み合わせた慎重な悪意認定:単に敗訴したという結果だけで判断せず、権利基礎の不安定さ、提訴のタイミング、過大な賠償請求額などを総合的に考慮しつつ、客観的基準と主観的基準を組み合わせて判断すること。
- 賠償と制裁の強化:被訴企業の直接的損失(弁護士費用など)だけでなく、資金凍結に伴う逸失利益や、特許無効宣告手続に要した合理的な費用も賠償範囲に含める。さらに、罰金や立案拒否などの司法上のペナルティを積極的に活用すること。
- 情報公開と共有:悪意ある訴訟を行った当事者リストや案件データベースを構築し、裁判所内で立案時に共有すること。
- 多機関連携:裁判所、行政機関、市場監督部門が連携し、実用新案等の登録品質を源流から高めること。
- IPO企業への特別な保護:上場準備中の企業を狙った特許狙撃に対し、審理の迅速化を図るとともに、被訴企業側の反向行為保全(担保提供による営業継続の許可等)を認め、不当な訴訟の取り下げを認めないなどの手続的規制を活用すること。
今月号のサーキュラーの関連情報(中国語のみ)は以下のサイトから入手可能です。
1.https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-3785.html((2023)最高法知民终2044号 – 最高人民法院知识产权法庭)
2.https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-5721.html((2026)最高法知民终96号 – 最高人民法院知识产权法庭)
3.https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-3492.html((2022)最高法知民终565号 – 最高人民法院知识产权法庭)
4.https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-5553.html(「人民司法|罗素云:专利恶意诉讼及其司法规制 – 最高人民法院知识产权法庭」)
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:中国弁理士 羅 巍