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誘導侵害に関する米国最高裁判所判決 Hikma Pharmaceuticals USA Inc. v. Amarin Pharma, Inc. (Supreme Court, June 4, 2026)
米国最高裁判所(以下、最高裁判所)は、2026年6月4日付判決において、誘導侵害に関する判断を示しました。米国特許法第271条(b)[1]における誘導侵害(Induced infringement)が成立するためには、
(i)第三者による直接侵害が存在すること
(ii)誘導者が誘導した行為が特許侵害に該当することを認識していること
(iii)誘導者が直接侵害を助長するために積極的な行為を行っていること
の3つの要件が必要とされます。今回の判決において、米国最高裁判所は、ジェネリック製薬メーカーが特許で保護された用途での薬剤処方を医療提供者にそれとなく促すことにより、要件(iii)を満たす、という主張を全員一致で退けました。具体的には、積極的誘導(active inducement)の認定には、侵害を引き起こすための明確かつ積極的な措置が必要であり、標準的な業界の慣行、単なる不作為、あるいは推測に依拠する曖昧な表現、を根拠とすることはできないとしました。以下に、この判決の内容につきましてご報告申し上げます。
<背景>
Amarin Pharma社(以下、Amarin社)は、魚油に一般的に含まれるオメガ3脂肪酸のエチルエステルであるイコサペント酸エチルを、Vascepaというブランド名で販売している。Amarin社は、スタチン[2]を服用中の高トリグリセリド血症患者における心血管リスク低減を目的としたVascepaの使用(以下、CV適応)に関する米国特許第9,700,537号および第10,568,861号の特許権者である。
Vascepaは、患者の血中トリグリセリド値が500 mg/dL以上となる重度の高トリグリセリド血症(以下、SH適応)の治療薬としても承認されている。CV適応とは対照的に、Amarin社はSH適応におけるVascepaの使用についての権利を有していない。Hikma Pharmaceuticals社(以下、Hikma社)は特許により保護されていないSH適応のみを含み、特許で保護されているCV適応を含まない、「スキニーラベル(skinny label)」に関するジェネリック医薬品の承認をアメリカ食品医薬品局 (FDA)から取得した。[3]
Hikma社がイコサペント酸エチルのジェネリック医薬品を発売して間もなく、Amarin社はデラウェア地区連邦地方裁判所(以下、地方裁判所)に対し、35 U.S.C. §271(b)の誘導侵害としてHikma社を提訴した。Amarin社は、Hikma社が複数の文書において行った記述を総合的に見て、Hikma社が他者によるAmari社のCV適応特許の侵害を積極的に誘導したと主張した。特に、Amarin社は、以下の事実が「もっともらしい一連の事情の連鎖、すなわち、医療提供者が患者の心血管リスクを低減させる目的でHikma社の医薬品を処方又は調剤することにつながりうるものである」と主張した。
(1)Hikma社の製品ラベルは、医薬品が心血管死亡率に及ぼす影響が未確定である旨の記載(CV適応に関する使用上の制限)を省略した一方で、一部の患者がスタチンを服用していた臨床試験に関する情報は記載したままであった。
(2)ラベルに付随する患者向け情報リーフレットには、心疾患(心血管疾患)を有する人に対する副作用の可能性について警告が記載されており、また、医薬品が患者向けリーフレットに記載されている以外の目的で処方されることがある旨が言及されていた。
(3)Hikma社のウェブサイトには、同社のジェネリック医薬品を「AB」評価[4]と記載し、その治療カテゴリーをSH適応を含むものの、それよりも広い概念を含む「高トリグリセリド血症」としていた。
(4)Hikma社は、自社製品を「ジェネリックVascepa」と表現する一連のプレスリリースを公表した。プレスリリースでは、承認された用途がSH適応に限定されていることには言及せず、更にSH適応及びCV適応の双方に起因するVascepaの米国内売上高を大々的に宣伝した。
地方裁判所は、本件訴訟を却下し、Hikma社のいずれの記述も、CV適応に関するAmarin社の用途特許の侵害を助長するための積極的な行為には該当しないと判断した。これに対し、CAFCは、地方裁判所の判断を覆し、その後Hikma社は最高裁判所に上告した。
<最高裁判所判決>
最高裁判所は、Amarin社が35 U.S.C. §271(b)に違反する積極的誘導について適切な請求を主張していない、とする地方裁判所の結論に同意した。
本件において最高裁判所は次の4点を指摘した。
(i)誘導は、特許侵害という結果を生じさせるための積極的(受動的ではない)行為を伴う必要がある
(ii)通常の製品流通に付随する行為は、通常の商取引を不当に阻害することを避ける観点から、責任を成立させる(課す)には不十分である
(iii)曖昧な文言と、他者の行動に関する推測を組み合わせるだけでは誘導の根拠とはできない
(iv)必要とされる誘導は、明示的であれ黙示的であれ、その情報を受け取る側にとって「明確 (clear)」であり、かつ「積極的 (affirmative)」でなければいけない
誘導の主張を裏付けるためにAmarin社が主張した具体的事実に関して、最高裁判所は次のように強調した。すなわち、法律によってHikma社のラベルはAmarin社のラベルと同一であることが義務付けられているため、Hikma社が「CV適応に関する使用上の制限」[5]を省略し、かつ臨床試験情報を維持したことは、法的な義務に基づいた行為であった、とした。さらに、ジェネリック医薬品を先発医薬品と同等であると真実に基づいて記載することは業界において通常の慣行であり、裁判所は、法令遵守や標準的な業界慣行への適合を違法行為の構成要素として用いることはできないと指摘した。
さらに最高裁判所は、Amarin社は、積極的誘導を主張するにあたり、単なる省略、不作為、または不履行にのみ依拠することはできないと指摘した。本件において最高裁判所は、想像力を働かせれば、一部の医療提供者が行間を読み、スキニーラベルにおける「CV適応に関する使用上の制限」の省略や、プレスリリースにおいてHikma社の承認された用途がSH適応に限定されていることに言及していない点から、不適切な結論を導く可能性がある、と考えることもできると判断した。しかしながら、誘導が認められるためには、積極的な言及または行為が必要である。そうでなければ、通常の商人は、その商品やサービスがどのように誤用されたとしても、不法行為者との関係がどれほど希薄であっても、責任を負うことになりかねないためである。
また、最高裁判所は、心疾患を有する人に対して副作用の可能性を警告する患者向け情報リーフレットの記載についても、医療提供者に侵害を誘導する手段としては、あまりにも回りくどく、不自然であると判断した。このような警告を誘導だと認めてしまえば、特許されていない用途とは無関係な記述は、たとえそれが特許用途での使用に対する警告であっても、侵害を積極的に促すものとみなされることになってしまうからである、と述べている。
Hikma社のウェブサイト上の記載についても同様に説得力を欠くものであった。最高裁判所は、自社薬のカテゴリーを「高トリグリセリド血症」と記載することは、特定の白血病治療薬を、「白血病治療薬」としてではなく「がん治療薬」と表現するようなものであると説明した。そして、「がん治療薬」という表現は広範なカテゴリーを示すにすぎず、特定の種類のがんに対する特許された用途での処方を指示するものではないとした。さらに、Hikma社のウェブサイトは、Hikma社のジェネリック医薬品がVascepaの承認された適応のすべてではなく、その一部についてのみ適応を有することを明確にしている。
最後に、SH適応とCV適応の双方に起因する米国内売上高に関する記載について、最高裁判所は、医療提供者が当該記載に基づいて行動するためには、
(i)医師ではなく主として投資家向けに作成されたプレスリリースをわざわざ探し出して読むこと
(ii)引用されている売上高がSH適応およびCV適応の双方の用途に起因するものであることを理解できる程度の医薬品販売に関する知識を有すること
(iii)その事実から、既にスタチンを服用している高トリグリセリド血症の患者に対してHikma社のジェネリック製品の処方を開始すべきであるという微妙な示唆を読み取ること
という一連の推論が必要であると指摘した。最高裁判所は、他に証拠がない限り、このような推論は米国特許法第271条(b)に基づく責任を生じさせるような積極的誘導のもっともらしいシナリオとはいえないと判断した。
<実務上の示唆>
Amarin社の主張は、GlaxoSmithKline LLC対Teva Pharmaceuticals USA, Inc., 7 F.4th 1320 (2021) においてCAFCが確立したアプローチを反映するものである。同裁判所(CAFC)はこれまで、問題となる記述が医療提供者によって侵害を促す指示として解釈されるか否かに焦点を当ててきた。
これに対し、Hikma判決はこのアプローチを退け、重要な点は、被告の発言が単に他者にどう理解され得るかではなく、被告がその発言を通じて侵害を積極的に助長したかどうかにあることを強調している。
本判決は、ジェネリック医薬品メーカーにとって勝利であり、ジェネリック医薬品の上市に伴うリスクを低減し、販売資料において特許対象の用途を明示的に否認することなく、より広い活動の余地を与えるものと期待される。
対照的に、先発医薬品メーカーにとっては、スキニーラベル規定を用いても侵害責任を回避できない物質特許(composition-of-matter特許)の取得をより重視する動きが強まるものと考えられる。
参考リンク
裁判所の判決全文は以下のリンクからご覧いただけます。
https://www.supremecourt.gov/opinions/25pdf/24-889_5i36.pdf
[1] 米国特許法第271条(b)では” 積極的に特許侵害を誘導する者は,侵害者としての責めを負わなければならない” と規定している。
[2] スタチンは、心血管疾患を予防するために使用される薬である。
[3] 米国では、Hatch-Waxman法 に基づく“スキニ―ラベル(skinny-label)”規定により、ジェネリック医薬品メーカーは、先発医薬品の用途のうち特許で保護されていないものについて、FDAの承認を取得することが可能である。この規定では、特許対象の用途に関連する臨床上の指示、用量に関する指針、有効性に関する記述については削除することを除き、ジェネリック医薬品のラベルを先発医薬品のラベルと同一にすることが求められる。
[4] 「AB評価」は、当該製品がブランド医薬品と同等とみなされるのは、ジェネリック医薬品のラベルに記載された条件の範囲内に限られ、その範囲には未承認で特許により保護された使用方法は含まれないことを意味する。
[5] Vascepaの当初のラベルには、心血管リスク低減に関する承認がまだ得られていなかったため、「CV適応に関する使用上の制限」が含まれていた。その後、この承認が取得されると、Amarin社はVascepaのラベルから当該CV Limitation of Useを削除した。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔