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「発明が解決しようとする技術的課題と最も近い従来技術との関連性による動機付けの認定への影響」に関する中国最高人民法院判決 (2023)最高法知行終182号
1.概要
本判決において、中国最高人民法院は、以下の通り判示しました。
(1)最も近い従来技術と発明が解決しようとする技術的課題(発明目的)との間に内在的な関連性が欠如しているか、又は反対の技術的教示が存在する場合、当業者が最も近い従来技術を出発点として発明を完成させる改善の動機付けが生じることは原則として困難である。
(2)発明の進歩性を判断する際、出願日前の従来技術に基づき当業者が実際に改善の動機付けを有していたかを考慮すべきであり、完成した発明の技術的構成を知った上で後知恵により判断してはならない。
(3)構成要素の伸縮構造が従来技術(例:エレベーターの梁体)に開示されていることのみをもって、目的や機能が異なるエレベーターのかご全体を伸縮可能に構成することへの技術的教示が存在するとは認められない。
(判決公表日2026年5月29日)。
2.背景
(1)対象実用新案について
本件に係る対象実用新案は、名称が「板件伸縮接続構造及びエレベーター伸縮かご」、出願番号が「201721819765.3」、実用新案権者がA社である。対象実用新案の請求項3、明細書及び図面の一部は、以下の通りである。
【請求項3】
エレベーター伸縮かごであって、
頂部カバーコンポーネント、底部カバーコンポーネント及び側壁コンポーネントを備え、
前記側壁コンポーネントは直方体柱状キャビティを画定し、前記頂部カバーコンポーネント及び前記底部カバーコンポーネントがそれぞれ前記側壁コンポーネントの頂部及び底部に配置されることにより、直方体状のかごが画定され、前記頂部カバーコンポーネント、前記底部カバーコンポーネント及び前記側壁コンポーネントには、いずれも請求項1又は2に記載の板件伸縮接続構造が設けられている、ことを特徴とするエレベーター伸縮かご。
【明細書の記載(一部抜粋)】
【0004】本実用新案は、エレベーター伸縮かごを提供するものであり、エレベーター昇降路の大きさに応じてエレベーターかごの寸法を調整し、かごを前後左右に必要に応じて伸縮させることができ、1つのエレベーターかごを複数寸法の昇降路に適応させ、「1梯多用(1つのエレベーターで多用途に対応)」を実現し、施工を大幅に円滑化し施工コストを削減する。
【図2(エレベーター伸縮かご)】

(2)本件の経緯
X社(「無効審判請求人」と略称)は、2021年2月4日に、本件実用新案権に対する無効審判を提起し、「当該実用新案の請求項1~4に係る考案は新規性又は進歩性(専利法第22条第2項又は第3項)を備えていない」と主張した。
また、無効審判請求人が提出した主な証拠は、以下の2つである。
証拠3:CN201095559U、エレベーターのかご枠システム用の組立式長さ調節型エレベーター梁体に係るものであって、規格の標準化・汎用化と在庫削減を目的とし、中間固定梁(2)と左右挿入梁(1及び3)を調整孔・固定孔で結合して長さを調整する技術を開示しているものである。
【図1】

証拠4:CN204369372U、エレベーターのかごに係るものであって、かごフレームと独立して各壁板等を固定し、かご内からの壁板の着脱・交換を容易にすることで狭小な昇降路での施工・補修課題を解決する技術を開示しているものである。
国家知識産権局は、「証拠4に開示されたかご構造に証拠3の伸縮構造及び公知常識を組み合わせることは当業者にとって自明である」として請求項1~3を無効とし、請求項4~15に基づき権利を維持する審決を下した。
これに対して、実用新案権者は、北京知識産権法院(「第一審法院」と略称)に行政訴訟を提起したが、第一審法院は、「証拠4からかご構造が自明であり、証拠3からサイズ調整の教示を得られるため、各コンポーネントに伸縮接続構造を設けることは当業者が容易に想到し得るものである」として、請求を棄却した。
実用新案権者は、この判決を不服として、最高人民法院に上訴した。
3.争点及び中国最高人民法院の判断
当事者間に争いのない事項:実用新案権者は、対象実用新案の請求項1(板件伸縮接続構造)が証拠3と公知常識との組合せに対して進歩性を欠くとの認定については争っていない。
争点:対象実用新案の請求項3が専利法第22条第3項に規定される進歩性を備えているか否かということ。
中国最高人民法院は、原判決(第一審判決)及び国家知識産権局の審決を取り消し、国家知識産権局に対し本件実用新案の請求項3の進歩性について再審査を命じる判決を下した。その理由の概要は、以下の通りである。
(ア)「後知恵」による判断について
当業者が出発点となる従来技術を改善する動機付けを有するか否かは、出願日前の従来技術に基づき考慮すべきであり、本件考案の技術的構成を知った後に後知恵で改善の可能性を検討してはならない。
(イ)技術的課題と最も近い従来技術(証拠4)との関連性について
最も近い従来技術である証拠4は、かご壁を交換する際に天井設備等を全面解体する手間を軽減し、かご内部からの着脱を可能にすることを目的としているものである。エレベーターのかご寸法を、設置される昇降路の寸法に厳格に一致させることは、周知の技術常識であり、解体を伴わないことを前提とすれば、証拠4のかご寸法を変更・調整する必要性は一切存在しない。
(ウ)技術的教示の有無について
証拠3が開示する伸縮構造は、「エレベーターの梁体」の長さ調整に関するものであり、製造上の標準化や在庫集約を目的とするものである。かご本体の寸法を調整可能として「1つのエレベーターで複数の昇降路に適用する」ことを実現する技術的教示を与えるものではない。
したがって、当業者が証拠4を出発点としてかご寸法を伸縮調整可能に改良する動機付けは存在せず、従来技術においてもエレベーターのかご寸法を調整するというような技術的教示が与えられていない。
4.今後の留意点
(a)最も近い従来技術の「課題・目的」に着目した動機付けの考慮
単に相違点を「周知技術の付加」や「自明な組み合わせ」と主張された場合、最も近い従来技術が解決しようとする課題や発明目的と、本願発明の目的との間の非関連性を強調して反論するのが有効な手段の一つであることに留意が必要です。
(b)「後知恵」に対する厳格な論証
審査官や審判官が発明の構成・効果を知った上での結果論(後知恵)で従来技術や公知常識を組み合わせている場合、出願日当時の当業者の視点に立ち戻り、改善の必要性や必然性が存在しないことを論理的に示す必要があります。
(c)構成要素の概念・機能の実質的な相違
「エレベーターの梁体」と「エレベーターのかご」のように、同一製品群であっても機能や設置条件が異なる構成要素間では、一方での技術手段の採用が直ちにもう一方への教示・示唆にならないことを明確に主張することが重要です。
(d)AIによる特許性判断
本判決はAIに直接に関係するものではありませんが、AIの進展に伴い、AIによって「類似形状や類似用語」を機械的に抽出し、得られた文献を容易に組み合わせることで作成される拒絶理由では、概念の類似性で文献を結合しがちですが、文献間の「解決課題の乖離」を見落とす傾向があります。
これに対しては、「寸法調整は不要であり、むしろ昇降路の寸法に厳密に一致させるべき」といった技術的文脈に照らし、その組み合わせの非合理性を主張して反論することが考えられます。
本件記載の中国最高人民法院の判決(中国語)は以下のサイトから入手可能です。
https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-5777.html
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当: Beijing IPCHA
中国弁理士 李 海龍